Everybody Knows


誰もがそれを知っている  (2019年2月)

ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスというスペインを代表する俳優が出演する「誰もがそれを知っている」は、実はイラン人監督アスガー・ファルハディの作品だ。最初はバルデムとクルスが出ている作品ということで興味を喚起したが、ファルハディ作品と知った時は、単純に驚いた。 

 

そもそも、これまでイラン固有の文化やものの考え方に密着した作品を撮り続けているファルハディが、舞台がスペインなら役者も基本的にほぼ全員スペイン人、当然言語もスペイン語の作品を撮る。英語ですらない。ファルハディがスペイン語を解するとはまったく考えてもいなかったが、しゃべれるのか? 

 

調べたところによると、バルデムと ファルハディは旧知の間柄で、そのバルデムと、現奥さんのクルスを最初から念頭に置いて脚本を仕上げたということだ。しかし、たぶんハリウッドでだって撮ろうと思えば撮れないことはないだろうと思えるファルハディが、わざわざメインストリームを回避して、西側といえどもやはりこちらも主要国とは今イチ言い難いスペインの、それも都市部ではなく、地方を舞台とする作品を撮る。 

 

一昨年、「セールスマン (The Salesman)」でアカデミー賞の外国語映画賞を受賞した時、トランプ大統領によってイランが危険国指定を受けたために入国を危ぶまれ、それならいっそそんな国に誰が行ってやるもんかと授賞式を辞退したファルハディのこととて、ハリウッド資本で映画を撮ることに関しては、意地でもやるもんかと思っていたのかもしれない。それにしてもイランの次はスペインの田舎か。 

 

さて「誰もがそれを知っている」は、現在はアルゼンチンに移住しているラウラ (クルス) が、妹の結婚式のために久し振りに故郷のスペインに帰省するという設定で始まる。土地の有力者の娘だったラウラは、若かりし頃は家に仕えていた使用人のパコ (バルデム) と恋仲で、熱々の二人の間柄は村の誰もが知っていた。作品タイトルはここから来ている。 

 

ただし身分違いのこの恋は成就することなく、結局ラウラは実業家のアレハンドロと結婚してアルゼンチンに移住し、パコも現在は恋人と一緒に住んでいる。働き者だったパコはラウラの実家から土地を買い取り、今では自分のワイナリーを持ち、使用人を使うようになっていた。 

 

一方、ラウラの家は祖父のギャンブル好きがたたって落ちぶれ、今では細々と命脈を保っている。表立って口にすることはないものの、パコはこちらの弱みにつけ込んで土地を安くで買い叩いたという思いは拭えず、逆にパコや村の者、労働者たちは落ちぶれていたラウラの家を助けてやったと思っている。 

 

そういう、ややもすると、もしかしたら再会がぎこちなくなるのではという一抹の不安もなくはなさそうな設定が、いともあっさりとクリアされ、二人だけでなく、村の全員が総出でラウラの帰郷を祝福し、その中にはもちろんパコもいる。なんてったって結婚式なのだ。めでたい晴れの日だ。 

 

というのだけでは、やはりこの祝福一色のムードは、本当ならこんな風にはならないのではないかという懸念は、払拭できないものがある。やはりファルハディ作品に特有の、彼の映画を支配する彼だけのルールが、場を律しているのだ。 

 

ファルハディ作品は、いわば本格ミステリに類する独特の匂いがする。本格ミステリは、謎とその解明を重視するあまり、時に、こんな風に人は行動しないとか、こんな世界はない、みたいな歪んだ世界を構築する。その結果、ほとんどバカミス的展開を見せることもある。「別離 (A Separation)」や「セールスマン」においては、それがほとんど我々が内情を知らないイスラム社会で起きたことであるため、それもありかと思わせられる。 

 

「誰もがそれを知っている」においては、特にそこまで行動規範が現代西側の基準から外れているようには見えない。が、しかしそれも、特に西側社会を代表するわけではないスペインの、それも地方の村であるという舞台設定のため、なんとなく納得させられるが、本当にあそこでは人々はこういう反応をするのかという思いは禁じ得ない。大人だから皆表面上は仲よくやっているが、しかし、やはり、誰もがかつての恋人同士と知っており、今ではお互い他の者と結婚して子供がいたり別人と住んでいる二人に別け隔てなく接し、歓待できるだろうか。 

 

むろん、一度事件が起きてしまうと、そういう、皆腹の中では考えていることがあるというのが明らかになるわけだが、やはりそもそもの設定のちょっとした違和感は残る。 

 

とはいえ、だから面白くないかというともちろんそんなことはなく、それこそいかにもファルハディ的な面白さを提供する。「セールスマン」も後半は犯人探しの面白さを提供したが、「誰もがそれを知っている」でも、誘拐されたラウラの娘の行方を追い、犯人を探すミステリとして後半部も抜群に面白い。 

 

特に私の場合は、ただファルハディ作品ということだけで見たので、事前にはまったく内容を知らず、バルデムとクルスが久し振りに会って久闊を叙し、クルスの妹の結婚式で羽目を外すという、そこまでで乗せられてリラックスして見ていた。そうか、これはファルハディとしてはめずらしくもロマンスものか、だからわざわざ海外まで出張ってんだな、しかし、冒頭の思わせ振りな誘拐事件のスクラップは、当然後々話に関係してくるはずだがと思ってはいたが、ま、それもおいおい判明するだろう。そしたら、娘が誘拐されたことから話が俄然きな臭くなる。前半部の開放的なお祭りムードの描き込みが利いているので、転調してシリアスになる後半部に、今度は俄然引き込まれる。いずれにしてもやはりファルハディは癖になる。 

 

一つあっと思ったのがアレハンドロに扮するリカルド・ダリンで、最初出てきた時、どこかで見たことがある顔だと思ったが思い出せない。結局最後まで見て、テロップでアレハンドロ役のダリンの名を見て、ああっと声を上げそうになった。ダリンだ、そうだ、あいつだ、「瞳の奥の秘密 (The Secret in Their Eyes)」の、「ナイン・クイーンズ (Nine Queens)」のダリンだ。そうか、アルゼンチンに住んでいているという設定だと、当然彼が出てきても不思議はない。しかし、「誰もがそれを知っている」では、顔の下半分が髭もじゃなので、見ている時は誰だか気づかなかった。アルゼンチン人俳優が、イラン人の撮るスペインの田舎を舞台とする映画に出てんだな。 











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妹の結婚式のために、ブエノスアイレスに住むラウラ (ペネロペ・クルス) が、ティーンエイジャーの娘イレーネと息子を連れて、久し振りに故郷のスペインに帰ってくる。実家は元々は村の有力家だったが、祖父がギャンブル好きで財産を失い、今では両親はやり慣れない小さなホテルを経営していた。ラウラはかつて実家で働いていたパコ (ハビエル・バルデム) と恋仲で、村で誰も知らない者がないほど熱々の間柄だったが、身分違いもあってその恋は成就せず、ラウラは結局実業家のアレハンドロ (リカルド・ダリン) と結婚してアルゼンチンに移住したという経緯があった。そういう過去があっても久し振りに皆が顔を合わせ、和気藹々と結婚式当日を迎える。しかしその夜、イレーネが誘拐され、身代金を要求する連絡が入る。状況から見て、犯人は事前に綿密な計画を練っていたことが明らかで、つまりそのことは、ラウラがイレーネを連れて帰ってくることを知っている、身内の犯行であることを意味していた‥‥ 


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