「エンパイア」は久しくヒット番組がなかったFOX、いやネットワーク全体にとって、ほとんど起死回生とも言える大型ヒット番組になった。ヒップ・ホップのレコード・レーベル、エンパイア・エンタテインメントをめぐる一族内の愛憎・確執を描く、音楽を絡めたドラマだ。
ヒップ・ホップ・レーベルということからも推測できる通り、「エンパイア」は基本的に黒人ドラマだ。基本的、というか、ほぼ全面的に黒人ドラマであり、むしろ黒人以外の人種が出てくることの方が少ない。そしてそのことからもわかるように、だからこそ特に黒人視聴者に大きくアピールした。
とはいえ、ネットワークのFOXは、視聴者を特に黒人だけに限るわけではない。黒人が経営してほぼ黒人視聴者だけを念頭に番組製作編成している黒人専門ケーブル・チャンネルのBETと、不特定多数の全国民を対象とするFOXとでは、そもそも番組製作の土台からして違う。そしてほぼ全世界的に流通しているヒップ・ホップという音楽をバックグラウンドにした「エンパイア」は、黒人だけでなく、白人を含めた全アメリカ人にアピールした。だからこそここまで大型の人気番組になったと言える。
これまでネットワークでは、1970年代の「ザ・ジェファーソンズ (The Jeffersons)」や80年代の「ザ・コスビー・ショウ (The Cosby Show)」等の一部のシットコムを例外として、黒人主体で成功した番組はなかった。私の知る限りでは、人気を博した黒人ドラマはほとんどない。それをひっくり返したのが、3年前にションダ・ライムズがケリー・ワシントンを起用して製作した、ABCの「スキャンダル (Scandal)」だ。
「スキャンダル」は、ワシントン演じる危機管理企業の黒人女性エグゼクティヴが、よりにもよって白人米大統領と愛人関係にあるという設定で視聴者の度肝を抜いた。これが人気となり、ABCは昨年、再度ライムズ製作のドラマ「ハウ・トゥ・ゲット・アウェイ・ウィズ・マーダー (How To Get Away with Murder)」を投入した。これまた黒人女優のヴァイオラ・デイヴィスを主人公に起用したミステリ・サスペンスで、いきなり黒人女優が主演のネットワーク・ドラマが、木曜夜9時から連続して2本連続して放送されることになった。この展開は「スキャンダル」なくしては考えられず、デイヴィスも、「スキャンダル」の成功がすべてを変えた、と言っていた。
ついでに言うと黒人ドラマでこそないがABCが木曜夜8時に編成している医療ドラマ「グレイズ・アナトミー (Grey's Anatomy)」もライムズ製作であり、つまりABCの木曜夜は、ライムズ製作番組が3本並ぶことになる。因みにライムズはもちろん黒人女性で、正直言って一見しただけではこういうトレンディ・タイプのドラマとは無縁に見える普通のおばさんなんだが、人は見かけじゃないのだった。
さて「エンパイア」は、ヒップ・ホップという音楽業界が舞台のドラマだ。そのため結構な頻度で番組内に音楽のパフォーマンスが入る。とはいっても完全なミュージカル・ドラマというわけではないから、例えばFOXの「グリー (Glee)」やNBCの「スマッシュ (Smash)」みたいに音楽ばかりというわけではなく、近いのはABCの「ナッシュヴィル (Nashville)」の方だ。つまり「エンパイア」も「ナッシュヴィル」も、方やヒップ・ホップ、方やカントリーという音楽業界を舞台にした、業界内や一族の確執を描くソープ的ドラマと言える。
私はこういう音楽ドラマには目がない方だが、重点はドラマではなく、音楽の方にある。つまり音楽パフォーマンス見たさにチャンネルを合わせる。まったくカントリー音楽に食指が動かない私が、それでもDVRに録画してまで毎回「ナッシュヴィル」を見ているのは、カントリーというよりも出演しているレノンとメイジーのステラ姉妹のパフォーマンス見たさであって、他は正直言ってどうでもいい。というわけで、番組の10分の9は飛ばしている。
「スマッシュ」や「グリー」は、それでもまだドラマの部分もそこそこ見てはいたが、やはり本分は音楽パフォーマンスの部分にあって、忙しい時はドラマは飛ばしていた。それらに較べると、「エンパイア」は「ナッシュヴィル」に較べても特に音楽のパートに力を入れているわけではないという印象を受ける。とはいえテレンス・ハワードやタラジ・P.・ヘンソンみたいなヴェテランが出ているせいもあり、確かにドラマ部分も見応えはある。
特にヘンソン演じるクッキーは、口の達者なビッチなキャラクターにはまっていてなかなか楽しい。ヘンソンは昨シーズン、準主演級で出ていたCBSの「パーソン・オブ・インテレスト (Person of Interest)」でいきなり撃たれて死んでしまうという展開であれっと思わせたが、要するに「エンパイア」の出演が決まっていたんだろう、ちょっと話が急展開過ぎると思った。ハワードも最近貫禄出てきたという感じがするし、これでもうちょっと音楽パフォーマンスにも力を入れてくれるなら、私としても文句はないんだが。
最近この「エンパイア」も含め、いきなりここへ来て黒人ドラマがやっと芽吹いたかという展開になっているが、実は事態はそう単純でもない。現実の話、人口という点から見ると、ざっくり言って黒人は全アメリカ人の1割強を占めている。これを多いと見るか少ないと感じるかは人それぞれだろうが、少なくとも人口の比率から考えれば、TV番組の10本に1本は黒人主体の番組であっていいはずで、その黒人ドラマがこれまで数の上でも質の点でも大したものがなかったということの方がむしろ不思議と言える。
一方で現在、白人でTVをよく見る若い視聴者は減っている。若者はむしろ、YouTube等のヴィデオ・サーヴィス等を見ることの方が多い。その上現在では、TVに限らない多様なエンタテインメントが揃っている。そのため、少なくとも白人におけるTVの視聴者数自体は減少傾向にある。
他方TVは今でも格安で楽しめる、最も手軽なエンタテインメントだ。そのため現在、TVの主要視聴者は、金がない、他にあまりエンタテインメントの手段がない者が多い。つまり、所得の多くない黒人、およびラテン系がTVを最も多く見ている。実際の話、ラテン系のみを対象にするニッチ・チャンネルの人気番組の視聴者数は、アメリカのネットワークが放送する番組よりも多かったりする。それなのにそれが表に出てこないのは、もちろんそれらがスペイン語の番組だからだ。つまり、少数派であるラテン系のほとんどが見ているために、例えばCWで若者に人気の「ザ・ヴァンパイア・ダイアリーズ (The Vampire Diaries)」より、実はユニヴィジョンのテレノヴェラ「Mi Corazón es Tuyo」の方が視聴率は高いという事態が発生する。それなのに、その番組のことを知っているラテン系以外のアメリカ人はいないのだ。
つまり体感的に言って、白人はTVを見なくなっているが、黒人やラテン系、その他のマイノリティ人種はいまだによくTVを見ている。そういう事実が、近年の黒人主体のTV番組の台頭という数字となって現れてきているという印象がすごくする。「エンパイア」がそこそこ面白いのは事実だし、かつてのFOXの「メルローズ・プレイス (Melrose Place)」も真っ青という「スキャンダル」の大風呂敷を広げまくる展開には目を見張るが、黒人ドラマが本領を発揮、というか真価が問われるのはこれからだろう。
