Empire

エンパイア  (2002年12月)

そろそろ年の瀬も押し詰まり、アカデミー賞狙いの、大作とは言えないが質のよさそうな作品が続けて投入される時期である。その第一弾とも言えるスパイク・ジョーンズ監督、ニコラス・ケイジ主演の「アダプテイション (Adaptation)」は既に先週から公開しており、それを見ようと思っていたのだが、まだマンハッタンだけでの限定公開で、私の住むクイーンズまでやって来ない。ジャック・ニコルソン主演の「アバウト・シュミット (About Schmidt)」も然り。というわけで、ご当地映画のギャングもの、「エンパイア」を見に行くことにする。我ながら節操のない選択。


サウス・ブロンクスでドラッグ・ディーラーとして生計を立てているヴィクター (ジョン・レグイザモ) は、可愛いガール・フレンドのカーメン (デリラ・コットー) もおり、当面生活には何の心配もなかった。しかし上を夢見るヴィクターはカーメンの友人トリッシュ (デニス・リチャーズ) を通してウォール街のバンカー、ジャック (ピーター・サースガード) と知り合いになり、魔法のように金を増やしていくジャックの世界に惹かれていく。カーメンと共にダウンタウンのロフトに居を構える一方で地元の仲間とは縁遠くなり、カーメンとも喧嘩して追い出してしまう。そしてウォール街の魔力にとらえられたヴィクターは、一獲千金を夢見てますます深みにはまっていく‥‥


実はこの映画が気になった最大の理由が、ご当地映画ということであり、それも主としてブロンクスが舞台ということにあった。何を隠そうブロンクスは私の伯母が住んでいたことがあり、私が初めてアメリカの土を踏んだ時に、一と月ほど厄介になった場所なのだ。アメリカに来て最初に暮らしたところが、ニューヨークで最もやばいサウス・ブロンクスに片足突っ込んだところで、あれは結構カルチャー・ショックだった。そこで全然平気そうに住んでいる伯母がすごく偉く見えたもんだ。まあ、たとえサウス・ブロンクスといえども日中はわりと平和であり、怖くなるのは日が暮れてからというのは、いわゆる危険なところに共通してだいたいどこも同じ。そこに住んで、愛着を感じている者にとっては、何が怖いと言われるのかよくわからないというのもこれまた同じ。まあ、うちの伯母は日が暮れて外に出るというのはほとんどなかったし。しかし私は、夜も更けて伯母の家に帰ってくるのは、結構勇気を要した。サブウェイの駅から歩ける距離なのだが、必ずバスを使いました。


また、ついでに言うと、私が通った学校がブロンクスでこそないがその近くのマンハッタンの北の方、ウエスト・ハーレムにあり、やはり近いだけあって雰囲気が似ているのだ。悪名高いハーレムも最近では結構治安もよくなり、日中は全然問題ないが、やはりここも日が暮れるとわりと危険になる。私も何度か学校に泊まり込んだことがあったが、夜、腹が減って近くのテイクアウトのチャイニーズでも買いに行こうと外に出ると、真冬で零下という中をうつろな目で裸足で外を歩いているお兄さん方がいたりした。実際に銃声も何度か耳にしたりした。


学校の近くのアパートの6階に住む知人の女子学生は、入浴中にいきなり完全にラリっている男が窓から姿を現したことがあるそうだ。非常階段を伝ってきたようだが、すっぽんぽんで風呂に浸かっていたところを、彼女はまるで無視してそのままふらふらとドアから出ていったそうだ。まあ、何もなくてよかったのだが、一方で女としてのプライドも傷つけられたとかられなかったとか。そういう話も既に5年以上も前の話になってしまったが、まあ、「エンパイア」は私のニューヨーク体験のルーツをスクリーンで見るいい機会だったわけだ。


現在、ニューヨークのギャング・シーンはスパニッシュ系が主流である。もちろん黒人のギャングやドラッグ・ディーラーもまだまだ多いが、やはりこういう手っ取り早い犯罪系は、金を持っていない奴、あるいは移民、ヴィザを持っていない奴とかがなりやすい。すなわち、現在最も違法滞在の多いスパニッシュのギャングが多くなるのは、当然だろう。そして今回主演/製作のジョン・レグイザモは、実際そういうネイバーフッドで育っている。レグイザモは元々反体制的なギャグで人気を博したコメディアンである。現在ではちょっと癖のある性格俳優として珍重されているが、こういう話を作りたかったであろうというのはよくわかる。


最近はとんと縁がなくなってしまったが、映画が始まってサウス・ブロンクス界隈のシーンがスクリーンに映ると、そうそう、あの辺りはああいう感じだったと懐かしくなる。しかし話自体は、私が学校時代を思い出しながら見ていたからというせいだけではないだろうが、どうも学生映画の域を出ない。実際、私が在籍していた時にも、規模は小さいけれども、話の根幹はまったく同じ作品を撮っていた奴がいた。因みにそいつもスパニッシュ系の奴で、あの辺で育ったスパニッシュというのは、やはり根っ子は皆同じなんだなあと感心したりもする。


「エンパイア」はそういう、学生映画に一応の金をかけてそれなりの人材で周りを固めて作ってみたらこうなりましたという感じが濃厚である。先が読める話自体もそうだが、それを特に感じるのが演出で、銃撃シーンなんて、まあ、リアリティを重視してるんだろうから流行りのカンフー・アクションを入れろとは言わないが、しかしほとんど効果のないスロウ・モーションやわけのわからないコレオグラフィなんて、ちと素人臭すぎる。演出は、これが初監督のフランク・レイズ。ライティングも中途半端に凝っているわりには効果はあまりないという印象を受ける。撮影のクレイマー・モーゲンソーは「第一の嘘 (The Big Brass Ring)」ではわりと感心した覚えがあるのだが。


「エンパイア」はとにもかくにもレグイザモの映画だから、まあ、レグイザモが頑張っているのは当然だし、評価してもいいと思う。しかし、やはり私はバイ・プレイヤーとしてのレグイザモの方が好きだなあ。最近ではなぜだかバズ・ラーマンに気に入られてしまって、「ロミオ+ジュリエット」に出たり、「ムーラン・ルージュ」ではスパニッシュ訛りばりばりのロートレックになったりしているし、TVミニシリーズの「アラビアン・ナイト」でのランプの精なんて、彼以外できないというはまり役だった。


そのレグイザモを別にすると、「エンパイア」でいいのは中心となるギャングのメンバーよりも、レグイザモと共同で金儲けを企もうとするウォール街のビジネスマン、ジャックに扮するピーター・サースガードと、そのガール・フレンドのトリッシュに扮するデニス・リチャーズである。サースガードは「K-19」での肝っ玉の小さい新米技師役が印象に残ったが、ここでもちょっと線の薄そうなウォール街バンカー役を好演、リチャーズは、「ワールド・イズ・ノット・イナフ」でもそうだったが、ともすればやり過ぎてお笑いになりそうな役がなぜかはまるという不思議な女優になりつつある。


あと、なんと見ている間は気づかず、家に帰ってから、はっとしてあれは、と気づいたイザベラ・ロッセリーニが、ヴィクターらを束ねる総元締め的な役柄で出演している。老けたのと太ったのとで、最初はまるで気づかなかった。貫録がついたと言えばついたわけだが‥‥その点では、カーメンの母アイリスに扮するソニア・ブラガも同じ。スパニッシュ系で大御所ということで起用されたのだろうが、期せずして一昔前に一癖ある美女で鳴らした二人の女優の現在を見るという機会に接してしまった。もしかしたらそれこそが、「エンパイア」が最も映画界に貢献している点かもしれない。







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