Elvis


エルヴィス  (2022年8月)

私はダンスや歌もののTV番組をよく見ている。こないだはABCで、「ステップ・イントゥ・ザ・ムーヴィーズ・ウィズ・デレク・アンド・ジュリアン (Step into the Movies with Derek and Julianne Hough)」という、映画テーマのダンス特番があり、やっぱり見てしまった。 

 

因みにタイトルにもあるデレクとジュリアンは、デレク・ハフ、ジュリアン・ハフという兄妹で、共にABCの勝ち抜きダンス・リアリティ「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ (Dancing with the Stars)」の、出場するセレブリティの相手となるプロ・ダンサーとして知られる。ジュリアンの方はNBCのタレント発掘勝ち抜きリアリティの「アメリカズ・ガット・タレント (America's Got Talent: AGT)」でジャッジを務めたこともある。AGTは最近日本人がよく出ており、日本でもそれなりに知られているようだから、ジュリアンを知っている者は多いのではないか。何を着てもよく似合う正統派の美形女優/ダンサーだ。 

 

さて「ステップ・イントゥ・ザ・ムーヴィーズ」では、よく知られた音楽映画のダンス・シーンを彼らなりに料理して踊るという番組だ。「フットルース (Footloose)」や「ダーティ・ダンシング (Dirty Dancing)」、「サタデー・ナイト・フィーバー (Saturday Night Fever)」、「雨に唄えば (Singin' in the Rain)」等、クラシックから新しめの作品までをカヴァーする。 

 

またその時に、関係者から話を聞いたりアドヴァイスを受けたりする。「ムーラン・ルージュ (Moulin Rouge)」から「ロクサーヌ (Roxanne)」を踊った時も、関係者と思える者からアドヴァイスを受けていたのだが、その話を聞く相手が、やたらと派手派手しい大仰な光りものをまとった銀髪の男で、最初、いったいこの男、誰、と思った。 

 

そしたら、何者も何者、「ムーラン・ルージュ」の監督、バズ・ラーマンだった。昔からラーマンを知っている者なら覚えているだろうが、昔、「ダンシング・ヒーロー (Strictly Ballroom)」で世に知られるようになった時のラーマンは、見かけはどこにでもいるような、というか、ほとんど風采の上がらないおっさんでしかなかった。そのラーマンが、まるで別人となって登場していた。本当はこういうことをしたかったのか。驚くとともに、何やら腑に落ちるものも感じた。 

 

ラーマンが出ていたのは、新作の「エルヴィス」プロモーションの意味もあったのだろうと思うが、本人も変わった自分を人に見てもらいたかったのではないか。そして今、「エルヴィス」だ。田舎者シンガーでしかなかったエルヴィスが、どんどん人気を得て金を得て、飾りもの身につけまくりのド派手なシンガーになっていく。重ね合わせるものがあったかもしれない。 

 

正直言うと、私の世代は既にエルヴィスの時代ではなくなっていて、エルヴィスがスーパースターであったということを肌で知っているわけではない。私がティーンエイジャーだった1970年代は、エルヴィスはまだ存命で、ラスヴェガスでいまだに連日ワンマン・ショウで人々を熱狂させていたのだが、それは若いファンに対してではなく往年のファン相手のディナー・ショウで、新しいヒットではなくかつてのヒット曲のレパートリー主体だった。 

 

それでも今でこそかつてのヒット曲を聴くとエルヴィスってやっぱすごかったんだなと思うし、「エルヴィス」を見る限り、さすがと思わせるステージではあったようだが、いかんせん当時のティーンエイジャーにとっては、エルヴィスは確かに昔スーパースターだったのかもしれないが、その時は腹の出てきた成金趣味の、おばさんに人気のあるシンガー以上には見えなかった。もうちょっと時代が早いか遅いかであればまだ真っ当な理解と判断ができたと思うが、当時の中学生にとってエルヴィスは、中途半端に古い曲を歌っているおっさんという印象しか持てなかった。私と同世代の者にとっては、ほとんどが同じ意見だと思う。 

 

そのエルヴィス人気の谷間に嵌まっていた私が、映画でまずこいつは面白いと思ったのが、途中で挿入されるドージャ・キャットの「ヴェガス (Vegas)」だったのは、ある意味自分自身納得だ。元々ラーマンは音楽を使うのがうまく、オペラから最新ヒット曲まで俎上に載せて料理する。上述のスティングのオリジナルをアレンジした「ロクサーヌ」なんて最も印象に残る曲の一つだが、今回のエルヴィスの「ハウンド・ドッグ (Hound Dog)」をアレンジした「ヴェガス」も、あれがこうなるのかと、すこぶる楽しい。 

 

さらに、かつて伊丹十三がエッセイで、「You ain't nothing but a hound dog」が、「湯煙夏原ハウンドドッグ」と聞こえるなんて書いた文章をいまだに覚えている身にとっては、温泉情緒からベースの利いたヒップホップまでの道程が想像され、さらに楽しくなるのだった。カントリー、R&B、ヒップホップ、そして演歌を加味した新しい音楽の誕生をちょっと想像してみる。 

 












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1954年、エルヴィス・プレスリー (オースティン・バトラー) は白人のカントリー音楽と黒人のリズム&ブルーズを融合させたロックン&ロールという新しい音楽を創造し、注目を集め始めていた。彼に目をつけたプロモーターのカーネル・トム・パーカー (トム・ハンクス) は、持ち前の投機感覚を発揮してエルヴィスを売り出し、瞬く間に全米的人気シンガーに成長させる。金のことしか考えていないカーネルだったが、しかしビジネスの才覚があるわけではないエルヴィスにとってもカーネルは必要な人物であり、両者は時に対立しながらも、お互いに不可欠なパートナーとして業界に君臨していく‥‥ 


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