Duplicity


デュプリシティ 〜スパイは、スパイに嘘をつく〜  (2009年3月)

かつて中東でMI6のエージェントとしてCIAエージェントのクレア (ジュリア・ロバーツ) に騙されて痛い目にあったレイ (クライヴ・オーウェン) は、現在では企業スパイとしてニューヨークで仕事していた。ある時レイは偶然クレアを見かけ、後をつける。なんと彼が接触するはずの相手こそ、レイがスパイしている企業に潜入していたクレアだった。レイはいまだに過去を根に持っており、そのことをちゃらにする絶好の機会だった。一方クレアもレイのことを憎からず思っていた。二人が手を組めば大きな仕事ができるかもしれない。二人は表面上は手を組むことに合意するが、しかし二人の本当の意図はそこにあるのか、場所を変え再度騙し騙されのコン・ゲームが始まる‥‥


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「ジェイソン・ボーン」シリーズの脚本家であり、一昨年演出家としても「フィクサー (Michael Clayton)」で鮮烈なデビューを飾ったトニー・ギルロイの監督第2作。しかもジュリア・ロバーツとクライヴ・オーウェンの二人を主人公とするコン・ゲームものとなれば、どうしても食指が動く。二人はマイク・ニコルズの「クローサー」以来の共演だ。


オーウェンは先月も「ザ・バンク (The International)」に出ていたのを見たばかり。ここ数年出演作が途切れない。年間2本くらいずつ主演作があるような気がする。彼の出演作を全部見ているわけではないのにかなり出ているなと思わせるのだから、非常に売れっ子だ。ロバーツだって妊娠や子育てがなければ引く手数多だと思うが、彼女くらい大物だと、選びながら仕事しても充分おつりが来るだろう。



CIAのエージェント、クレア (ロバーツ) とMI6のエージェント、レイ (オーウェン) は、かつて中東でスパイ合戦の上、レイはクレアにまんまと出し抜かれたという過去があった。数年後、ニューヨークの街角でレイは再びクレアを目撃する。二人はまた同じ獲物を追っていたのだ。レイはクレアに強引に接近、実は憎からず思っていた同士だった二人は、共闘を約束する‥‥


もちろん表面上は協力を約束し、仲直りしたように見えるが、本当にそうかどうかはまったくわからない。レイは実は中東でのことをまだ根に持っているかもしれず、クレアはまたレイに一泡吹かせてやろうと考えているかもしれない。実際、二人はどうも今回は政府の秘密エージェントという立場ではなく、在野の企業スパイらしいのだが、本当にそうかどうかはわからない。わざとその辺をぼかしているという印象も完全には拭えず、ここにもあそこにも裏があるんではないかと、あることないことすべてを勘ぐってしまう。


第一、その二人が追っている企業秘密が何かというのもよくわからない。ま、それは企業秘密だから最初はわからないのは当然とはいえ、いったいクレアが潜入しているのがどういう会社なのかもほとんどよくわからないのだ。クレアのボス、ハワード・タリー (トム・ウィルキンソン) とレイの雇い主リチャード・ガーシク (ポール・ジアマッティ) は不倶戴天のライヴァル同士で、会うと本当につかみ合い殴り合いになるのだが、なぜそういう関係になったのかはいっさい説明されない。


どうやら総合商社的な企業のようにも見えるが、大きな金と発明が絡むようなところを見ると、武器商人か。しかし途中で企業スパイに転職したレイが盗もうとした情報は、ピッツァ関係のものだった。アメリカで街角のどこにでもピッツア屋が軒を構えているのを見たら、それが大きな商売になることはわかるが、しかし元MI6のエージェントが必死になって追っている情報が極秘のピッツァのレシピか。なんてことを考えていると、彼らが追っている企業秘密が明らかになった時にさらに大きな衝撃を受けることになるのだが、もちろんそれが何かは見てからのお楽しみだ。なるほどとはたと膝を叩く反面、脱力ものの側面もある、微妙な、企業の将来を賭けた一大発明の正体は。ああしかし、それが本当に発明されたら確かに大金持ちだろうなとは思う。


「デュプリシティ」に先立ち、ロバーツもオーウェンも既によくできたコン・ゲーム作品に出ている。ロバーツは「オーシャン」シリーズの裏主演だし、オーウェンといえば、その出世作「ルール・オブ・デス」と、二人ともずばりギャンブルがテーマの作品に出ている。オーウェンはさらに「ゴスフォード・パーク」「インサイド・マン」といった作品もある。確かにこいつはなんか博打打ちそうなタイプに見える。要するに二人ともこういう洒脱なケイパーものには結構はまる。


主演の二人以外では、「フィクサー」にも出ていたウィルキンソンがここにも出ている。本当に近年のウィルキンソンのアメリカのTV/映画界における活躍には目を見張るものがある。そのウィルキンソンと対立するライヴァル企業のボスに扮するのがジアマッティで、そういえばウィルキンソンとジアマッティは昨年、HBOのミニシリーズ「ジョン・アダムス」でも共演していた。二人はこれで同時にエミー賞を受賞している (主演男優賞=ジアマッティ、助演男優賞=ウィルキンソン)。ノー・クレジットながら最後に出てきてさりげなく場をさらうのがダニー・デヴィートで、いかにもおかしい。


出演者は全員ちゃんと期待通りの働きをしているが、一観客としての意見を言わせてもらえるならば、最後にあれからもう一と捻りあるんじゃないかと思った。なんせ出ているのが「オーシャン」のロバーツと「インサイド・マン」のオーウェンなんだから、裏の裏の裏を読むくらいの二重三重四重のどんでん返しはあって当然みたいな気持ちがどこかにあった。どうせ既にここまでの伏線でストーリーを完全には追えなくなっているのだ。あと一つくらいどんでん返しがあったって文句はない。むしろ観客はそれを期待したと思うのだが、ギルロイとしてはそこで観客の予想や期待の裏をかきたい気持ちがあったのだと思う。


映画を見ていて最も困ったのが場所がニューヨークに設定されていることで、むろんそれは作品自体の責任ではないのだが、ついこないだ見た「バンク」でも一部舞台はニューヨークだ。しかもあれでもこれでもオーウェンは企業秘密を暴く役回りだ。あちらはシリアスな国際犯罪もの、こちらは軽妙な犯罪ケイパーという違いはあるが、それでもふとした瞬間に「バンク」の記憶が甦って、オーウェンが追っているのが誰だったか何だったか、一瞬忘れてこんぐらがる。ナオミ・ワッツはどこに出ているんだっけと思ってしまうのだ。頭の中では「バンク」+「デュプリシティ」÷ 2 のどこにも存在しない映画が明滅しているのだった。








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