Drag Me to Hell


スペル (ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル)  (2009年6月)

銀行の融資課で働くクリスティン (アリソン・ローマン) の元を歳老いたガヌッシュ (ローナ・レイヴァー) が訪れる。家を抵当にとられそうで、支払いの延長を求めにきたのだ。しかし昇進の機会を狙っていたクリスティンは、過度に客に甘いと逆に考査には不利になるため、ガヌッシュの懇願を断る。怒ったガヌッシュは地下の駐車場で仕事帰りのクリスティンを待ち伏せる。二人は揉み合いになった挙げ句、ガヌッシュはクリスティンに呪いをかける。それ以来、クリスティンの身の回りでは異様な出来事が連続で起こるようになる。これは本当に呪いなのか‥‥


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ホラー映画は、男性が怖がる女性をなだめたりすかしたり一緒にぎゃーぎゃー叫んでみたりさりげなく相手にタッチしたりと、デート映画としてかなり有効で、そのためいつでもそれなりに需要がある。単純にホラー映画のファンというのも結構いるだろう。


とはいえ私は演出よりもCGと音で驚かすことが主体か、怖いというよりグロい、あるいはただ単に残酷という印象の方が強いの近年のホラーには食傷気味であるばかりでなく、本気で怖そうだと怖じ気づくというびびりが入ってきているため、ホラー映画には無沙汰する傾向が強くなってきた。そのため、「スペル (ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル)」にも、最初はまったく注意を払っていなかった。その他諸々のホラー同様、たぶん見ないだろうと思っていた。


ところが最近になってTVでばんばんかかり始めた予告編を見ると、ちょっと、ずれていてどことなしにヘンで、なんか、ちょっと、これ、どうやらビミョーなホラーっぽい。それなりにこだわりがありそうで、私が連想したのはデイヴィッド・リンチだった。その笑えそうな乗りに、私よりも女房の方が強く反応してしまい、普段はホラーなんかまず見ようともしないくせに、自分から面白そうだと情報を収集し出した。そしたら、これ、なんとサム・レイミ (日本風に言うとサム・ライミ) の新作だった。


レイミが久しぶりにホラーを撮った。しかも「ザ・ギフト (The Gift)」のような正統的なホラーではなく、「死霊のはらわた (The Evil Dead)」のような初心に帰ってのくすぐり遊び心満載の、いかにもレイミらしいホラーのようだ。そのため女房もこれなら私も見れるとその気になり、二人でホラー見たのっていったいいつ以来? もしかして本当に「ギフト」以来かというくらい、超久しぶりに一緒にホラーの「ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル」を見に行ったのだった。


銀行の融資課に勤めるクリスティンにはやさしいボーイ・フレンドのクレイもいたが、特に押しが強いわけではなく、キャリアという点では順調とは言い難かった。その彼女のデスクに、支払いの延期を求めに老婆ガヌッシュが訪れる。しかしここで情に流されることなく意志の強いところを見せなければと考えたクリスティンは、ガヌッシュの必死の懇願を断ったため、結局行内で修羅場を演じることになってしまう。


その日、クリスティンが帰宅するのを待ち伏せしていたガヌッシュは再度クリスティンと揉み合いとなり、その時の怪我が元でガヌッシュは他界してしまう。しかし、ガヌッシュはクリスティンに呪いをかけていた。身の回りで異変が連続して起こるため、街角の占い師に見てもらったクリスティンは、呪いがかけられていることを知り、とある霊媒の力を借りて呪いを祓おうとする‥‥


レイミの「死霊のはらわた」は、いわばホラー映画にお決まりのクリシェをこれでもかと言わんばかりに羅列することによって、そのパワーが見る者を圧倒して逆に笑いを生み出していた。むろんそれだけでなく、主演のブルース・キャンベルの怪演も作品の印象を決定づけるに当たって大きく貢献しているが、いずれにしてもやっていることは基本的にセオリー通りというか、特に大きく前人と異なったことをしていたわけではない。それを若さと力とスピードでまったく別次元に昇華してしまったところが斬新だった。あまりのことに、その時の観客はただスクリーンを見て笑うしかなかったのだ。


それに較べると、「ギフト」はむしろ主演のケイト・ブランシェットに多くを負うゴシック・ホラーに近く、レイミ作品というよりはブランシェット作品になっていた。あるいは、裏キアヌ・リーヴス作品と言ってもいいかもしれない。いずれにしてもそのため、どちらかというと「ギフト」は、「死霊のはらわた」とも、「ダークマン (Darkman)」のキッチュな悲劇性とも異なる正統的なホラーの印象が強かった。


もちろんレイミはその後、「スパイダーマン (Spider-Man)」3部作でハリウッド一線の演出家としての地位を確立するのだが、その「スパイダーマン」の成功や、「ギフト」、「シンプル・プラン (A Simple Plan)」辺りでのホラー映画作家としての幅を広げる試み等の結果なんだろう、「ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル」は、単純に腕のいいホラー演出家が、狙った通りに狙った効果を得た作品という印象が大だ。


「死霊のはらわた」のように力で押し切るのではなく、ヴェテランが余裕を見せながらツボを押さえて作った作品が「ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル」なのだ。あるところは定石通り、あるところはわざとツボを外し、そこここで観客の予想の裏をかき、ちょっと怖がらせ、大いに笑わせ、そして思ったところに着地させる。腕のいいマジシャンのマジックを見ているみたいだ。元々はホラー専門の演出家として、数々の引き出しを持つ間口の広さがあるからこそできる仕事という印象が濃厚だ。


主人公のクリスティンに扮するのがアリソン・ローマンで、さすがに「マッチスティック・メン (Matchstick Men)」の時ほど童顔とは思わなくなったが、それでも30歳には見えない。おかげでキャリア上昇を考えていても周囲から軽く見られてしまうという今回の役柄には合っている。しかしこの役、実は最初はエレン・ペイジが内定していたのだが、彼女が降りたのでローマンにお鉢が回ってきたのだそうだ。この作品を降りてまでペイジが出たかった映画というのはなんだったのだろう。


そのクリスティンの恋人クレイに扮するのがジャスティン・ロング。彼はあまりにもアップルのマックのコマーシャルの印象が強過ぎて、役者としては今のところ損しているような気がする。実は前半で出番は終わってしまうのだが、「ドラッグ・ミー・トゥ・ヘル」は作品の成功の大半をローマンとロングではなく、怪ババのガヌッシュを演じたローナ・レイヴァーに負っている。どこかで見た顔なのは間違いないんだが、それもつい最近だが思い出せないと思って調べてみたら、ABCのドラマ「イーライ・ストーン (Eli Stone)」のなんと判事役だった。それだけでなく、レイヴァーの略歴を見ると、判事、教授といった高学歴役が多い。そのことを考え合わせると、さらに彼女の怪演ぶりの印象が際立つ。


そして忘れてはならないもう一人の女優、ガヌッシュの呪いを解くために行われた降霊会の霊媒に扮するのは、「バベル (Babel)」のアドリアーナ・バラザではないか。かつて敗北した悪い霊にまた対峙するバラザ、「バベル」でもこちらでも白目を剥くような激しい体験を強いられる。思わず、頑張れバラザ、メキシコ女優の意地を見せてやれと、拳を作って応援してしまうのだった。








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