放送局: PBS

プレミア放送日: 12/21/2004 (Tue) 22:00-23:00

製作: メグミ・カノウ、アヤ・ミツハシ

脚本/監督/編集: クリス・エスカ

撮影: ヤス・タニダ

出演: 遠藤祐美 (ユミ)、ハヤト・スガノ (ヨウスケ)、サエ・タケナカ (マキコ)


物語: 毎日同じ電車で通学するユミは、いつも同じ車両に乗り合わせる人たちのことが気になってしょうがない。なかでも最も気になっているのがヨウスケで、実はヨウスケはユミが幼い頃から憧れていた男の子なのだが、ヨウスケはユミに気づいている様子がまったくない。一方、やはりいつも同じ電車に乗り合わせるマキコは、友人関係に悩んでいた。ユミはある日、ヨウスケの跡をつけ始める‥‥


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「Doki-Doki」は公共放送のPBSが、専らインディペンデントもしくは新進の映像作家に発表の場を与える「インディペンデント・レンズ (Independent Lens)」枠で放送した短編作品である。新進監督のインディ作品、それも特に短編を専門にしているということからもわかる通り、「インディペンデント・レンズ」は、元々視聴率という点ではネットワークなどとは最初から比較にならないPBSの、その中でもさらにマイナーな番組枠で、たぶん定期的に見ている視聴者は、番組や業界関係者でもない限りほとんどいないだろうと思う。この手のインディ作品にかなり興味を持っている私ですら、到底毎回見る気になんかならない。エンタテインメント性という点から見ると、どう見ても面白いとは言い難かったりするからだ。


「インディペンデント・レンズ」は元々TV番組用として製作されたわけではない作品を組み合わせて編成しているため、長編1本だけを放送したり、1時間枠に短編3本程度が詰め込まれていたりとばらつきがある。そういうのを何の説明もなしに放送するのも視聴者にとっては迷惑な話だろうということで、番組ホストがおり、今季はスーザン・サランドンが担当して前口上を述べている。サランドンってやっぱり弱い者の味方なのだ。


しかし、それでもやはり「インディペンデント・レンズ」は、一般視聴者にとってはとっつきにくい番組であることには変わりない。自分の言いたいことがまず何をおいても前面に出てくるインディ作品にエンタテインメント性を求めるのも場違いなような気もするが、マイナーなまま人々に認められないインディ作品がこうも多いのを見ていると、やはり、自分の言いたいことを、わかりやすい形で人々に提出するというのも必要なことなんじゃないかという気もする。あるいは、単にそういう力がないだけか。


というわけで、私にとっても必ずしも見たい番組の上位にくるわけではないこの「インディペンデント・レンズ」であるが、それでもチェックだけは入れているので、時に面白そうな作品に当たることもある。「Doki-Doki」もその一つだ。このタイトルから日本語の「ドキドキ」を連想できるのは日本人だけに限られる。当然メイド・イン・ジャパンの作品だろう。最近アメリカのTV界においては、とみに日本関係の番組を目にする機会が増えたが、こういう短編や自主映画的な作品でも日本製の作品が台頭してきたか、最近、日本も頑張ってるじゃないかと思ったわけだ。日本映画はアメリカでもそれなりに紹介されてはいるが、短編なんてまず見たことがない。これはいい機会だろう。


と思って調べてみたら、「Doki-Doki」は、舞台と登場人物こそ日本と日本人であるが、作り手は正真正銘のアメリカ人である。その監督、クリス・エスカはUCLAの映画学科に在籍していた学生時代にアジアを放浪し、同様にアジアを旅行中の多くの日本人の知己を得、わりと日本に親近感を持ったようだ。その結果、日本を舞台とした短編を製作して、それを卒業製作にしようと考えた。それが「Doki-Doki」だ。30分強の短編であり、セリフは全篇日本語で、英語字幕が入っている。


「Doki-Doki」とは「日本語で心臓の鼓動の擬音のことで、転じて、主として若い女性が期待や興奮している状態、特に好きな男の子のそばにいる時の気持ちを表す」、というのが、PBSのウェブ・サイトにおける、監督のクリス・エスカによる自作についての説明だ。つまり、「Doki-Doki」はだいたい想像できるように、基本的なストーリーは、片想いの女の子を主人公にした恋愛ものである。


主人公の女の子ユミは、毎朝、通学に使う電車に乗り合わせるヨウスケに恋している。なぜヨウスケの名前を知っているかというと、ユミとヨウスケは同じ幼稚園に通っていたことがあり、以来ユミはヨウスケのことを気にしているのだ。とはいえヨウスケは既にユミのことなんか忘れているように見える。ある日ユミはヨウスケの跡をつける決心をし、その途中でいくつかの小さな事件に遭遇し、そして路傍の人々に小さな幸せを提供する‥‥


と書けば多くの者がピンとくるだろうが、これはほとんど「アメリ」である。もっとも、ユミはアメリほど剽軽で快活というわけではなく、どちらかというと日本的な女の子という感じがする。また、ユミに関係してくる話も、いじめられている女子高生の話など、いかにも今の日本的な現実味がある。にもかかわらず、やはり全体としての印象は「アメリ」であり、ここ数年のフランスを代表する映画とほとんどテイストを同じくする作品が、アメリカ人の若手監督によって日本人俳優を用いて日本で撮影されたというこのことが、実感として世界は狭くなったと思わせる。


「Doki-Doki」はモノクロ撮影の作品であり、途中で一か所だけ、横浜? の大観覧車のシーンでカラーになる。確かにモノクロ・フィルムの中で一瞬だけカラーのシーンが入ると印象的ではあり、また、モノクロで提示される東京の風景も悪くない。とはいえ私は、なんで全篇カラーで撮らないのか不思議に思った。今時、たとえ短編であろうと敢えてモノクロで1本撮ろうなんて考える監督はジム・ジャームッシュとヴィム・ヴェンダース以外考えつかないというのもあるが、実際の問題として色でごまかせないモノクロ作品は、カラー作品よりよほど難しいというのは今では常識だ。その上10年前ならともかく、現在ではカラー・フィルムよりモノクロ・フィルムで撮影する方が断然高くつく。さらにただでさえ買い手を見つけ難いインディ映画の場合、マーケティングということを考えても、普通ならカラーで撮影した方が得だろう。まあ、もちろんそういうのがインディのインディたる所以でもあるのだが。


撮影という点では、最近、「ロスト・イン・トランスレーション」「デーモンラヴァー」等、外国人カメラマンの手による、別の視点から刈り取られた、そこに住んでいる人の目では見えない意外な東京を見せられる機会が増えたが、それらと較べると、「Doki-Doki」の東京は、見慣れた風景を的確に切りとってきたという感じがする。クレジットを見るとカメラマンはどうも日本人のようだから、そのせいかもしれない。「ロスト・イン・トランスレーション」や「デーモンラヴァー」の東京は新鮮な驚きに満ちていたが、「Doki-Doki」の東京は、なにやら懐かしい。主として私鉄沿線の駅とその周辺で撮影しているということも関係あるだろう。


「インディペンデント・レンズ」の一環として放送された「Doki-Doki」は、どう考えても宣伝が行き届いていたとは思えず、コアのインディ映画のファンでもない限り、たぶん一般視聴者が見る機会はほとんどなかっただろう。そう思ってPBSの番組サイトのBBS欄に目を通していたら、やはりというか、この番組を見たほとんどの者が、たまたまチャンネル・サーフをしていて偶然「Doki-Doki」を目にして、そのまま見続けたと書き込んでいた。ほとんどの者がたぶんオープニングを見逃しているわけだが、それでも途中から惹き込まれて最後まで見たと言い、そうやってわざわざ面白かったと意見を述べに来ているところを見ると、まあ、面白いと思ったからこそ書き込みをしているんだろうが、それでも多くの者が楽しんだようだ。私も面白いと思った。こうやってどんどん世界はボーダーレス化していくんだろう。


ところで「Doki-Doki」は、日本人、特に東京に住んでいる者なら誰でも経験している通勤通学の電車の中が主要な舞台である。実際の話として毎日同じ時間の同じ電車を利用するサラリーマンや学生が多い東京では、確かにユミが、プラットフォームで毎日出会うこれらの人々はいったいどういう人なのだろうとふと疑問に思うのもわからないではない。私だってそういうふうに感じたことは一度ならずあるし、誰だってあるに違いない。とはいえ、だからといってその見知らぬ他人の跡をつけていったり、実際に声をかけたりは普通しないだろう。それなのにエスカが、電車の中で知り合った人と本当に結婚してしまったおじさんがいるという日本人の知人の話をする時、私はどうしてもこれは都市伝説くさいと感じてしまう。兄でも姉でも知人でもなく、おじさんというのが、もう、なにやらいかにも、必ず登場人物が知り合いの知り合いだったりする都市伝説と合致している。


とまあそういうふうに思っていたのであるが、最近、日本ではなにやら電車男というのが流行っているということを聞いた。なんでもその中味は、男女の違いこそあれ「Doki-Doki」とほとんど同じらしい。ふうん、一応あり得ないことではないだろうなと思ってはいても、本当にそういうことがあったか。近年、ニューヨークのサブウェイも時に日本の電車並みに混むこともあるのだが、そのサブウェイを舞台に、そういう映画やTV番組が製作されるのもそう遠い話のことじゃあるまいと思うのであった。





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Doki-Doki

ドキ-ドキ   ★★★

 
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