Dogman


ドッグマン  (2020年9月)

ついに私の住むニュージャージーでも映画館が再開になったのだが、なんとなく二の足を踏んでしまう。経済の再開は必要だと思うが、それでコロナウイルスをまた広めてしまっては元も子もない。しかし痺れを切らした若い世代の乱行はそこかしこにあり、そのせいでその地域が一時的にコロナ感染が拡大してまた自粛を余儀なくされてしまうという事態が、散発的に至るところで起きている。 

 

映画館でも、収容人数を25%だか50%だかで再開し、上映の合間には消毒を徹底するとしているが、そこに集まってくる観客が全員コロナ陰性という保証がどこにもない以上、陽性者と密室で長い間一緒にいるという可能性は常にある。 

 

こないだ、マスクしてちょっとびびりながらサブウェイ乗ってマンハッタンまで年一の健康診断に行ってきたのだが、コロナ抗体の検査は陰性だった。つまり我々夫婦は一度もコロナに感染していないわけで、ということは、かかったらどうなるかわからない。重い症状が出る可能性もある。もう歳も歳だしそうなった場合のことを考えると、億劫でやはり映画館に足を運ぶ気になれない。クリストファー・ノーランの「テネット (Tenet)」を見たいのは山々だが、あと一と月後か、もしかしたら今年は映画館打ち止めで再開は来年かそれまではうちのTVでVODとNetflixで我慢するか、思案中なのだった。 

 

さて「ドッグマン」だが、この作品を見たいと思ったのは、一昨年のカンヌを含むヨーロッパの映画祭サーキットで話題になっていたことを覚えていたからだ。「ドッグマン」という印象的なタイトルだったので覚えていたわけだが、だからといって内容まで知っていたわけではない。 

 

そのドッグマンとは、イヌのトリマーの主人公が経営している店舗名で、妖怪イヌ男みたいな話ではない。なんだか一瞬目にしたイメージを見る限りそちらの方の話でもありそうな感じがあったので、それはそれと期待しないでもなかったのだが、しかし「ドッグマン」は、ごくごくリアルな、時にヴァイオレントなクライム・ドラマだ。 

 

かつて流行ったけど今は寂れている町というのは、なにがしかの寂寥感と無縁ではいられないが、そういう印象は海沿いの町ほど強調される。たぶん塩を含む海風のせいで、人が補修しなくなったあれこれが早く廃れていくことと無関係ではないと思う。シーズン以外の時期の人足の多寡の差もそういう印象を強調する。 

 

まさしく「ドッグマン」舞台のローマ郊外の海沿いの町もそういう印象が濃厚で、一見して、この町に住んでいる者は皆鬱屈していそうだなという印象から免れない。レストランや近くの店は、観光客がいないせいで地元の人間を相手にせざるを得ないが、それで潤うほど儲かることはまずないだろう。 

 

その点マルチェロが経営しているトリマー店は、利用しているのは地元客しかいないだろうから、元々そんなに経営は楽ではないだろうとはいえ、シーズンが変わっても客足がそんなに変わることはないだろうから、食っていくくらいはなんとかなりそうだ。別れた妻の間には一人娘がおり、別れたといえども妻と娘とは良好な関係が続いている。 

 

一方で気が弱くお人好しのマルチェロは、地元の荒くれ者の友人、シモーネに付き合わされて、けちな犯罪の片棒を担がされたり、小金をせびられたりしていた。それがけちな犯罪に留まっているうちはまだよかったが、ある時シモーネは、マルチェロの店と隣りの質屋の間の壁が薄く、簡単に壊して忍び込めることに気づいてしまう。さすがにそれをやると本格的に警察捜査が及んできて冗談では済まなくなるが、シモーネは既にその気になってしまっていて、引く素振りを見せない。マルチェロはシモーネの押しに屈してしまい‥‥という展開だ。 

 

気弱でお人好しで犯罪の片棒を担がされるというマルチェロのキャラクターに、主演のマルチェロ・フォンテが哀れを誘うくらいはまっている。主人公の名前がマルチェロというところからしても、彼のキャラクターが役の上でのキャラクター設定に大きく影響を与えたというのはありそうな話だ。 

 

私の個人的な意見では、どうしようもない人間が近くにいるなら自分から逃げればいいと思うのだが、そこにそれまでの血縁やら知人友人がすべていて仕事を営んでいる場合、簡単にそうするわけにもいかない。それで藻掻いた挙げ句ドツボにはまる。ある種いじめいじめられることがお互いになんらかの依存になっているという気もしないでもないが、シモーネにとっては、マルチェロはいてもいなくても構わない存在と思っているとしか見えない。 

 

ということは、いじめられる側のマルチェロが、逃げるか反撃するかの行動を起こさざるを得ない。たぶん娘や仕事があるというのは口実で、実はマルチェロにとって、自分が助けないとたぶんとうに身を持ち崩すか刑務所入りしているシモーネの存在が、自分のなんらかの存在意義になっている。大人なのだ、本当に嫌なら身一つで逃げられる、と思うのだが、自分が生まれ育ったところから生まれてから一度も離れたことがない人間には、そういう発想はできないのかもしれない、と、今、生まれたところから地球の裏側に住んでいる者としては思う。 

 











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ローマ郊外の寂れた海沿いの町でイヌのトリマーの店を営むマルチェロ (マルチェロ・フォンテ) の仲間たちは、主として地元の素行のよくない男たちばかりで、中でも仲間たちの間でも爪弾きされがちな所業の荒いシモーネ (エドアルド・ペッシェ) は、気の弱いマルチェロに突け込んでばかりいた。小銭やコカインをせびられたり使い走りに利用されたりしているうちはまだよかったが、ある時シモーネは、マルチェロの店から隣りの質屋に簡単に押し入ることができることに気づいてしまう‥‥ 


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