放送局: IFC

プレミア放送日: 10//22/2007 (Mon) 21:00-22:30

製作: レインボウ・メディア、マベル・ロンゲッティ・グループ

製作総指揮: エヴァン・シャピロ、クリスティン・ルブラノ

監督: マイク・ミルズ

撮影: ジム・フローナ、D. J. ハーダー

編集: アンドリュウ・ディックラー


内容: 東京の鬱病の患者5人に密着して、日本における鬱の現状をとらえる。


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番組の冒頭のテロップによると、日本では2000年以前にはほとんど鬱病というものは一部の精神科の関係者以外には知られてなかったそうである。もちろんそんなわけはないし、私がガキの頃は、気分が落ち込むと、ブルー、ではなく、ウツ入っている、という言い方をする方が多かったような気がする。


ただし、それらはあくまでも気分的なものであって、本当に入院するほど重症なウツに悩まされる者は、本人や家族も隠す傾向にある、というのは確かにあった。そのため、ウツという言葉はあっても、その実態を知っている者は、ウツに悩まされている当人とその家族、および精神科医とその関係者くらいに限られた。一般的には確かに普通に生活している人の目に見えるところには、ウツというものはなかったとは言えるだろう。


現代日本でウツが別に隠す必要があるわけではない治療が必要な病気の一つであるという認識を定着させたのは、特にウツの人に対して処方される坑ウツ剤、パキシル (パクシル: Paxil) を製造している薬品メイカーのグラクソ・スミスクラインが展開したコマーシャル戦略によるところが大きいという。これによって日本に潜在的にウツに悩まされていた多くの患者が、あ、自分はウツなんだと気づいたというパターンがかなりあるらしい。あるものに名前がつけられると、それは顕在化するのだ。


番組はそういう現代日本で、東京に住むウツに悩まされている5人の若者に密着し、ウツの現状を探る。その5人とは、ミカ、タケトシ、カヨコ、ケン、ダイスケの5人で、それぞれ氏も育ちもまったく違うが、ウツによって苦しんでいるのはそれぞれ同じだ。因みにタイトルの「ダズ・ユア・ソウル・ハヴ・ア・コールド? (あなたの心は風邪を引いていませんか?)」というのは、グラクソ・スミスクラインがパキシルを売り出した時に使用したコピーだそうだ。正直言って、これを考え出したコピーライターはかなりセンスあると思う。


番組に登場する5人は、ウツになってからの期間も様々で、例えばタケトシはもう本当に幼い時からウツで、症状は14、5年続いているというし、一方、カヨコの場合はウツになって5か月だ。とはいえそれらのウツの期間というのは自己申告によるもので、自分自身がウツという自覚をもってからの期間に過ぎない。潜在的にウツだったという期間が長かった者もいるだろう。


例えばカヨコの場合、幼い時にできの悪い娘だということで父親からよく殴られたという。それが現在の彼女の精神状態となんらかの関係があるだろうということは、別に精神医学を勉強していなくてもわかる。明らかに情緒不安定なところがあり、最初にカメラが彼女の部屋にお邪魔して話を聞き始めただけで、誰かが自分の話を聞いてくれるというだけで感極まって泣き出してしまう。


一方、ミカの場合は、ウツになった契機というのがはっきりしていて、それは映画「エス」を見てからだという。私は映画そのものを見たことがあるわけではないが、その元となった実験はよく知っている。ウツ傾向のある人間に見せてはいけない作品の筆頭に挙げられるべき作品だと思うが、今さらそんなこと言ってもしょうがない。5人の中では彼女だけが自殺未遂の経験があり、今生きているのは首を吊ったストッキングがフックから外れたせいで、それがなければ死んでいただろうという。


5人の中で最も早くから自分がウツという自覚症状があり、入院経験もあるタケトシは、一見役者と見紛うくらいハンサムで、長髪を束ね、ジムに通って水泳しているなど、ガタイもいい。その気になればかなりもてるのは間違いないと思う。ウツについても独学でかなり勉強しており、ウツ関係で持っている本の数は、2、30冊じゃきかない。物事を理詰めで考える性格のようで、自分のウツの記録をとり、ウツの人の自助グループにも積極的に顔を出すなど、経験が長いせいか、ウツが発症した時の対処の仕方やつき合い方などは最も慣れているという印象を受ける。


ダイスケはプログラマなのだが、カメラが最初彼の部屋に入った時は驚いた。足の踏み場もないほどもので溢れているのだ。はっきりと汚いと言っていい。掃除なんてこの数か月、いや数年くらいしたことないんじゃないだろうか。しかもウツのための錠剤が一抱えもある段ボール箱の中にぎっしりと詰まっている。それはいったいなんだ。その中からいったい何と何と何を呑むのか本人でもわかっているのか。しかも彼は、最初コーラのようなもので錠剤を胃の中に流し込むと、間を置かずに焼酎のミルク割りのようなものをタバコをふかしながら飲みだすのだ。それが絶対に身体によくないことなんか、3歳の子供でもわかる。インタヴュウアーもさすがに驚いたのだろう、それやって平気ですかと訊くと、ダイスケは、医者には内緒です、翌日が休みの時だけしか飲みませんから、と言っていたが、そんな問題ではない!


そしてこの5人の中で最も強烈なのが、ケンだ。彼は実はMの気がある。つまりマゾだ。女装趣味もあるようで、だいたい外に出る時はいつでもきちきちの短パンを穿き、それだけでなく、なんと女もののハイ・ヒールを履く。近くの時はスニーカーを履きますけど、遠出する時はハイ・ヒールですと言うが、違うだろう、本当ならそれは逆であるべきではないのかと思うが、彼にとっては正装に近いハイ・ヒールが、外出する時の正しい姿であるべきのようであった。


もちろんいい歳をした男の短パン、ハイ・ヒールという姿が道行く人の目に奇異に映らないわけはなく、かなりの確率で人は振り返って見ているし、電車の中では野球帽を被った少年らに笑われてすらいる。そしてそのケンが電車に乗って行く先というのは、縄の縛りの先生のところなのだ。実は彼はSMショウに出演しているのだった。ちょっと眩暈がしてくるが、彼に言わせると、縛られることによって自己を解放できるらしい。その縛りの先生も似たようなことを言っていた。縛ることによって自由にしているのだと。


こういうことは個人の趣味の範疇なので赤の他人があれこれ口出しすることではないのだが、しかし、ケンは、実は行儀自体は決して悪くないのだが、どうもやはり常識に欠けるところがあるようだ。なんとなれば、まだカメラ・クルーが部屋の中にいてカメラを回しているのに、いきなり寝るのだ。たぶん処置に困ったクルーの一人がケンを起こして、撮影終わりましたから帰ります、なんて言うと、丁寧に寝ぼけ眼でお疲れ様でした、なんて挨拶している。縛りの先生に話を訊いている時も、なんか自分の興味のあるものを他に見つけたのだろう、いきなりカメラと先生の間に割り込んでまったく関係ないことをしている。一方で先生やカメラ・クルーのために、アイス・クリームの差し入れを買ってくるだけの気配りもあるのだ。要するにやはり普通の人と常識がずれている。


少なくともウツとの関係から見れば、ケンの場合は原因はわかりやすい。たぶんそういう自分の嗜好と一般常識との乖離、それに伴う本当の自分自身の抑圧、世界が自分をわかってくれない疎外感といったものがウツという症状になって現れるのだろうということは、素人目にもわかる。ただし、だからといってウツが直せるかという問題とはまた話が別だ。その原因がとり除けないからこそウツになっているからだ。


番組では途中で様々な現在の東京の点景のようなショットが挟まるのだが、それが実に印象的だ。「ロスト・イン・トランスレーション」のような、親しんでいたはずの東京なのに、まるで違う東京を見せられたような感触を受ける。なんか新鮮だ。雨時の傘の群れなんて、日本人だと当たり前すぎてああいうヒッチコックの「海外特派員」みたいなショットは撮れないだろうと思う。渋谷のビルの屋上のミニサッカー場のようなものは、「トーキョー・ドリフト」にも登場していた。監督は「サムサッカー」のマイク・ミルズで、いったいどういう伝手で東京の鬱病患者に興味を持ったのだろうか。


最近「ブリッジ」を見た時も思ったのだが、この手の番組は結構見るのがきつい。自分も釣られて番組中の人物と似たような心の状態に陥りがちになるからだ。自殺を主題にした「ブリッジ」を見ている時も、自分のエネルギー・レヴェルがどんどん下降していったのが自分でもよくわかったし、今回も画面を見ていながら、どんどん気持ちが内向してどツボにはまりそうになった。とはいえいったん見始めると先が気になってしょうがないので、途中で辞めるわけにもいかない。深海の底で押し潰されているような気分になってやっとのことで見終え、数日間何をする気にもなれず沈潜していた。ウツの人ってこれを何年、何十年も連続して経験しているのかと思うと、またこちらもウツになりそうになる。


しかもこういう時に限って、気分転換というわけでもないが劇場まで行って見てきた映画は、脳梗塞で倒れ、全身が麻痺した男をとらえた「潜水服は蝶の夢を見る」だったりする。一番新しい最大のニューズは、眠れなくて睡眠薬を常用していたヒース・レッジャーの、たぶん薬の飲み過ぎによる過失死事件だ。なんでこんなのばかり続くんだ。あー、気が滅入る。誰か気分のよくなる明るいニューズをくれーっと、誰彼構わずお願いしたくなる気分になるのだった。







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Does Your Soul Have a Cold?


マイク・ミルズのうつの話 (ダズ・ユア・ソウル・ハヴ・ア・コールド?)   ★★★

 
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