Doctor’s Diaries  ドクターズ・ダイアリーズ

放送局: PBS

プレミア放送日: 4/7, 4/14/2009 (Tue) 20:00-21:00

製作: ペリスコープTV

製作/監督: マイケル・バーンズ

出演: トム・ターター、ジェイン・リーブシュッツ、ジェイ・ボナー、エリオット・ベネット-グエレロ、ルアンダ・グラゼット、デイヴィッド・フリードマン、シェリル・ドーシー


内容: ハーヴァード・メディカル・スクールに在籍した7人の医者の卵を21年間にわたって追う。
























別に前回「ER」の最終回を見て医者づいたからというわけではないが、今回、続けて7人の医者を長年にわたって追ったドキュメンタリーを見た。それが「ドクターズ・ダイアリーズ」だ。この番組を見た理由は、テーマが医者だったからというよりも、番組がある特定の対象を時間をかけて追い続けるという、ドキュメンタリーというジャンルが最も得意とする撮り方で番組を製作していたからだ。


この方法の嚆矢かつ現在の最長記録であり最高峰は、マイケル・アプテッドが名もない英国の市民12人を7年毎にとらえ続けている、「アップ (Up)」シリーズだろう。アップテッドは同じ手法を用いて、今度はアメリカのカップルに焦点を当てた「メアリード・イン・アメリカ (Married in America)」も手がけている。また、これは別人による製作だが、世界中の就学児童たちに焦点を絞った「バック・トゥ・スクール (Back to School)」という番組も製作されている。


こういう時間をかけて撮ったドキュメンタリーは、人間の変貌を、メイキャップではなく、事実として現前に提出せしめてくれる。百聞は一見に如かずを、有無を言わさない事実として納得させるのだ。こういう定点観測もの (正確には対象を追って移動しており、定めし定物観測あるいは定人観測というのが正しい言い方か) はドキュメンタリーの独壇場であり、こういう番組が放送されると、どうしても見ないではいられないのだった。


「ドクターズ・ダイアリーズ」は1987年、ボストンのハーヴァード・メディカル・スクールという、アメリカで最も権威のある医学校に入学した7年の医者志望の若者のその後の人生の行程を追跡するドキュメンタリーだ。「アップ」シリーズのように何年毎というあらかじめ決められたスパンが設けられているわけではなく、ある程度の時間が経ったらまたその人を訪れるというという感じの比較的ルーズな番組スパンで、折りにつけ対象を撮影している。一応対象が全員医学関係という同系統の仕事に就いているため、きちきちと一定の時間を開けて撮影するよりは、なんらかのイヴェントや人生の転機があった時をとらえた方がよりめりはりが利いて番組が興味深くなるという計算だと思う。それでも最終的には21年分の人生がそこにはとらえられている。


番組に登場する7人は:

トム・ターター (ER勤務)

ジェイン・リーブシュッツ (内科医)

ジェイ・ボナー (精神科医)

エリオット・ベネット-グエレロ (麻酔専門医)

ルアンダ・グラゼット (医薬品企業勤務)

デイヴィッド・フリードマン (眼科医)

シェリル・ドーシー (非営利団体勤務)


番組は男性4人、女性3人を追いかける。男性は全員白人、女性3人のうちジェインのみ白人 (ユダヤ人) で、ルアンダとシェリルの二人は黒人だ。以前ほど人種間で貧富の差が激しいものではないとはいえ、やはり黒人家庭で授業料だけで年間4万ドルの出費は楽ではあるまい。


ところで学校を卒業する時、彼らはどこの病院でインターンとして働くことになるかということを知らされるのだが、その時、病院名が記された紙を入れた封筒を手渡される。実は「メアリード・イン・アメリカ」でもまったく同じシーンがあった。たぶん事前に自分の希望は提出してあるものだとは思うが、卒業生はその時初めて自分が働く場所を知らされるのだ。アメリカの医療システムはどこでも基本的にこのようになっているらしい。日本もそうなのだろうか。


当然ではあるがどんな医者でも最初は素人だ。だからこそ学校でいやというほど詰め込まれて教育されるわけだが、それでも、社会に出るとまだ自分はなにも知らないということを痛感せざるを得ない。患者に注射しようとして注射器を取り落としたり、あるいは自分よりもヴェテランの看護士の方がはるかにものをよく知っている。それなのに患者は当然自分らを医者としてすべてを知っているものとして質問してくる。


この、学校を出たばかりの新米医者であるインターンの時期が、最もハードな時であるということは論を俟たない。先輩医者からはこき使われ、看護士からは突き上げられ、患者からあらぬ期待をかけられる。ほとんど休む間もなく馬車馬のように働いて、それで失敗しようものならどーんと落ち込まざるを得ない。時には人の命がかかっているのだ。ジェインはあまりに忙しさに、私が考えていた医者の生活はこんなもんじゃないと、思わず愚痴が口をついて出る。


精神科医志望のジェイの場合、無事学校を卒業したということでガール・フレンドと結婚するのだが、ジェイのインターン生活は想像以上にハードで、朝早く家を出て夜遅くに帰る。当然夜勤もある。たまの休みは専ら疲れをとることだけに費やされ、ほとんど新婚らしさはない。結局二人の溝は深まるばかりで最終的に離婚するのだが、実は、番組に出ている4人の男性医者の4人全員、離婚経験者か現在別居している。


デイヴィッドが医者の離婚率は高いと言うのだが、どうやらそれは本当らしい。デイヴィッドの場合は医者としてヴェテランになって、生活にゆとりができてから別居している。金があってもなくても時間があってもなくても別れるやつは別れるだろうとは思うが、しかし医者が離婚しやすい特別な理由というのがあるのだろうか。


特にトムの場合は、実に3回離婚して現在4人目の夫人と一緒に住んでいる。このトム、7人の中で最も性格に癖があるというか、医者っぽくない。母が昔から彼は変わっていたというくらいだから、本当にそうなんだろう。昔はともかく今は明らかに肥満で、医者のくせにタバコをすぱすぱふかす。長髪で仕事の時は髪を後ろに束ねている。陽気で患者と打ち解けやすく、面倒見がいいのだが、そのために診療に時間がかかり、カルテやその他のレポートがおろそかになりがちだ。


つまり、ビジネスとしての医療としては、トムは経営の立場から見るとあまりいい医者とは言えない。そのため、結局事実上病院をクビになり、現在はフリーのERの医者として季節労働者のようにあちこちの病院を渡り歩いている。生活は全然楽じゃない。現在の容姿から連想する人物はといえば、巨体で人当たりのいいアメリカの名物セレブリティ・シェフで、アメリカ版「アイアン・シェフ」でアイアン・シェフ・イタリアンを務めているマリオ・バタリといえば、料理好きならイメージが浮かぶだろう。しかし、フリーの医者か。ある意味ブラック・ジャックだな。


エリオットは一見して最も計算高そうで、事実そうらしく、彼が麻酔医になることを選んだ理由は、最も楽で自分の時間が多いからだそうだ。番組内でも、同僚からはあまり好かれていなさそうなエピソードが挟まったりする。内面がもろ外面にも現れているという感じだ。ただしそのことが医者としての腕の優劣に関係するわけではないことは言うまでもない。むしろ、だからこそ医者としては信頼できそうで、その辺り、トムとはまったく印象が逆だ。


ジェインの場合、たまたまではあるが、彼女がインターンの時とその後経験を積んでからの2回、患者の死に遭遇する。最初の患者は手術中に死亡する。その直前までジェインと軽口を叩いていた人間がいきなりこの世からいなくなる。その時執刀していた医者は、心臓が止まったらすぐ諦めて、やってらんないとかいって死亡を宣告する。頼むからもうちょっと頑張ってくれよ。NBCの「ER」で心臓の止まった患者に永遠に心臓マッサージを施していたドクター・グリーンは、やはりフィクションだった。ジェインは取り乱し、手術着でマスクもはめたまま泣き出してしまう。


2度目に死に立ち会った患者は中国系で、近親者に先立たれ、生きる意欲を失ってしまった老人で、鬱になって死にたいともらす。死なないのはピストルを持ってないからだという。驚いたことにジェインはこの老人と中国語でも会話していた。その何年か後のフッテージでは、今度は患者とスペイン語で会話しており、中国や南米にいたことがあるというよりは、勉強して覚えたようだ。


私はよくUSオープンの舞台となったこともあるロング・アイランドのベスペイジでゴルフするのだが、シングルで行ってその場で初対面のゴルファーとパーティを組まされると、往々にしてその相手はリタイアしたビジネスマンだったりする。そうすると、かなりの確率で彼らはわりと最近中国相手にビジネスしており、自然とそういう話になる。今後のワールド・ビジネスで最も伸びるのは中国だと、多少できるビジネスマンなら誰もが考えているからだ。私が日本人というよりも中国人と間違えられやすい外見をしているということもあるが (自分で言うのもなんだが、香港から来た中国人と私の一見しての印象は実際に非常に近い)、まず日本や韓国が話題になることはない。


そのため、少しでもビジネスを効率よく運ぼうと中国語を勉強したという者も結構いるのだが、これまでのところ、全員初歩の段階で断念したと言っていた。中国語というものは、外国人にはまずまったく同じにしか聞こえない発音が、ちょっとした抑揚やイントネーションの違いでまったく別の意味になったりする。だいたい、まだ初期の段階のそこで躓いてそれ以上先に進めないのだ。相手が何を言っているのかわからなければ、語学は習熟できないのは言うまでもない。そのことを考えると、まがりなりにも中国系男性と中国語で話をしていたジェインの勉強熱心さが窺われる。いずれにしても、ジェインが医者と患者としてよりも必要以上に強い絆を築いていたその男性もやがて死ぬ。自殺だったのか持病が悪化したのか老衰のような自然死だったのかは番組内で明らかにされなかった。


ルアンダとシェリルの場合は、最終的に二人とも医療の最前線である病院という現場で働いているわけではない。一応それまでの経験を生かして心臓の基礎研究のようなことを企業で研究しているルアンダはまだしも、シェリルが現在行っていることは、一応医療関係に片足突っ込んでいるとはいえ、恵まれない者たちのための移動医療施設のファンド・レイザーのようなものだ。本人もハーヴァードを卒業してこんなことをしているのは自分くらいと笑っていた。女性3人の中では結婚して子供がいるのはジェインだけで、ルアンダとシェリルは一人身だ。それでも裕福な身分で生活に満足しているというルアンダに較べ、シェリルはニューヨークという都会で大変そうだ。


結局医者であろうと人種が何であろうと、やはり一言で言えるのは人生色々ということだ。トムやシェリルを見ていると、ハーヴァードを卒業したからって必ずしも裕福な生活を送れるわけではないということがよくわかるし、金を持っているということが仕合わせの必要条件ではあっても充分条件ではないこともわかる。しかしそれにしても、最初出てきたときにはまだうぶで可愛いルアンダの、現在の貫禄のつき方には驚かされる。一般的に少なくとも外見は男性より女性の方が変貌度が大きい。この番組、次もあるんだろうか。








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ドクターズ・ダイアリーズ   ★★★

 
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