Django Unchained


ジャンゴ 繋がれざる者  (2013年1月)

年末のクリスマス商戦では、例年玩具メイカーが新製品やフィギュアを投入する。この時期に公開される映画とタイ・アップするのもよくあることだ。普通ならそういうもののほとんどは、SFファンタジー系の、子供やオタク向けフィギュアだ。しかし今シーズンは、そういう例に交じって、「ジャンゴ」のフィギュアがあった。これが物議を醸したのは、ガン・マンのジャンゴではなく、奴隷として、鎖に繋がれているジャンゴのフィギュアまで発売されたからだ。


確かにこれは、なかなか微妙だと思う。現代では特に気にしない黒人も多いとは思うが、それでも、奴隷として人権を認められていなかった時代の姿を見せられて、不愉快な気分になる者の方が圧倒的に多いのは間違いないだろう。お前は奴隷だと宣言されて、気分がいい者がいるわけがない。おかげで一部では映画のボイコット運動も起こっていた。実際問題として、どういう経緯でこのフィギュア製作にゴー・サインが出たのか、まったくもって不思議と言うしかない。これは演出のクエンティン・タランティーノのせいと言うよりは、玩具メイカーの方が無神経だったと思うが、しかし誰もまずいとは思わなかったのだろうか。


さて、その「ジャンゴ」、タランティーノが選んだ題材は、ウエスタン、しかも鎖に繋がれた黒人奴隷の主人公ジャンゴを描く、スパゲティ・ウエスタンだ。B級映画をこよなく愛するタランティーノが、スパゲティ・ウエスタンを偏愛するのはよくわかる。彼がこれまで作ってきた映画のほとんどは、B級作品を大ぼら吹いて膨らませてみました、みたいなのりがあった。それが今回は、B級映画の代名詞とも言えるスパゲティ・ウエスタンそのものに挑む。 


「ジャンゴ」と時を同じくして、ほぼ同時代に奴隷解放を実現させたリンカーンを描くスティーヴン・スピルバーグの「リンカーン (Lincoln)」も公開された。リンカーンを演じているのはダニエル・デイ-ルイスで、今回のオスカーはほとんどデイ-ルイスで決まり、対抗はほとんどなしと目されている。それはきっとその通りなんだろうと思うが、しかし、同時代の、根っこの部分は同じ作品が、片方では「ジャンゴ」となり、もう片方では「リンカーン」になる。スピルバーグには悪いが、この場合は私はタランティーノを見るしかないと思ってしまうのであった。 


それにしても、もう「ジャンゴ」というタイトルからして食わせものだ。「ジャンゴ」、あの、フランコ・ネロが体現したスパゲティ・ウエスタンの中のスパゲティ・ウエスタン、B級を代表するB級の中のB級「続・荒野の用心棒 (Django)」の主人公、ジャンゴが帰ってきた。今度はメキシコではなく、テキサスの、しかも主人公は黒人だ。


むろん今回だけではなく、主人公ジャンゴは、「続・荒野の用心棒」以降、これまでにも枚挙に暇がなく色んな作品で主人公の名として使用されている。ジャンゴといえばスパゲティ・ウエスタンの主人公の名でなければならない。当然今回の「ジャンゴ」も、主人公の名がジャンゴである以上、スパゲティ・ウエスタンの末席に連なることを宣言している。しかも音楽でクレジットされているのは、あのエンニオ・モリコーネだ。今時モリコーネを使って本気でスパゲティ・ウエスタンを撮ろうなんてことを本気で考えるのは、タランティーノ以外いないだろう。


「ジャンゴ」は主人公ジャンゴの復讐報復を描くスパゲティ・ウエスタンであり、ジェイミー・フォックスがジャンゴを演じている。ところが、実はそのジャンゴ以上に印象を残すのが’、ジャンゴと行動を共にし、手引きするシュルツだ。タランティーノの前作「イングロリアス・バスターズ (Inglourious Basterds)」で世界中を唸らせたクリストフ・ヴァルツが演じている。 

 

ヴァルツは「イングロリアス・バスターズ」でも、あのねちねちとした回りくどくてもったいぶったタランティーノ独特のセリフ回しが、もろにつぼにはまっていた。その時はナチ高官で、相手をいたぶるのが職業というキャラクターが嫌みったらしくはまっているという印象だったが、今回はまた、別の意味で回りくどく饒舌というキャラクターにぴたりと収まっている。要するにヴァルツはタランティーノと相性がすごくいい。 

 

ヴァルツの持ち味をタランティーノ演出が非常によく引き出しているし、ヴァルツがいるのでタランティーノも好きなように持ち駒を動かせるという感じで、両者が補佐し合って非常にいい結果が出ている。二人が出会えたのは、双方にとって非常に幸運だったと言える。「グリーン・ホーネット (The Green Hornet)」では、ヴァルツはどちらかというと自分の居場所に確信が持てない悪漢だった。それを思えば、ここでの自信満々で悪党どもを手玉にとるヴァルツはまったく別人だ。 

 

シュルツはいわゆるバウンティ・ハンター -- 賞金稼ぎで、彼が乗っている馬車を見るに、どうやら昔は流しの歯医者 (そういう商売があるのか?) をしていたようだが、今は懸賞金のついたお尋ね者を殺すか捕まえることで生計を立てている。既にどうやらかなり小金を貯め込んでいるようだ。シュルツは次のターゲットを追っていたが、実際には彼らの顔を知らず、懸賞金告知の下手な似顔絵では、到底人は探せない。それでそのお尋ね者の顔を知っているジャンゴに白羽の矢を立てる。 

 

最初はジャンゴに標的を確認させたらそれで終わりのはずだったが、ジャンゴは意外に射撃の才能があることが知れる。強い相棒がいるのは願ったりなので、シュルツはジャンゴに春まで一緒に賞金稼ぎとして行動を共にすることを提案する。ジャンゴにはさらわれた妻がおり、その後、妻を取り戻したければ、そうすればいい。ジャンゴは話に乗り、そしてヨーロッパ訛りの抜けない白人と元奴隷の黒人の懸賞金稼ぎのコンビが誕生する‥‥ 

 

スパゲティ・ウエスタンといえば、まず真っ先に必要になるのは孤高で寡黙な主人公になるかと思う。その主人公が痛めつけられて、悪漢どもに復讐するというのが常道だ。妙齢の女性なんかが絡めば尚いい。ところがタランティーノは、どうしても寡黙な主人公を創造することができない。饒舌でない主人公は、タランティーノ作品の主人公たり得ないのだ。しかしスパゲティ・ウエスタンでは、寡黙な主人公は必須だ。 

 

それでタランティーノがどうしたかという答えが主人公の二分割であり、一方のタランティーノ作品を代表する饒舌なヴァルツが片方を、痛みに耐え復讐を完遂する伝統的主人公をフォックスが体現する。困難は分割せよというのはミステリ作品の常道だが、タランティーノの場合、そういう方法論とは関係なく、本能的にこれは二人にした方が面白いのではないかという閃きでヴァルツ-フォックス・ペアが生まれたという印象が濃厚だ。しかしでき上がったものを見ると、それがまるで計算したかのように効果的に配置されているように見える。ぼけのフォックス、突っ込みのヴァルツの掛け合い漫才みたいだ。 


その最強ペアが、ペアを解消する前の最後の仕事として、ジャンゴの妻の奪回を画策する。ブルームヒルダは巨大プランテーションを経営する気難しの豪農キャンディ (レオナルド・ディカプリオ) に買われていた。彼の機嫌を損ねると、どんなに金を積んでもブルームヒルダを手放すことに首を縦に振らない可能性があった。ジャンゴとシュルツは策を練って、絡め手から攻める算段を立てる。キャンディが所有する奴隷のボクサーを高額で譲り受け、あたかもそのついでにもう一人女性の奴隷が必要という感じでブルームヒルダを手に入れようというのだ。その計画はほとんどうまく運ぶ。しかし取り引きの最終段階になって、キャンディの執事スティーヴン (サミュエル・L・ジャクソン) が、ジャンゴとブルームヒルダに不審の念を抱く‥‥

ディカプリオは先頃、俳優休業宣言を出した。既にあの歳でバーン・アウトかということもさることながら、ディカプリオはこれまで、ほとんど悪役を演じたことがない。今回のキャンディ役が、初めての上から見ても下から見ても悪役らしい悪役だ。チンピラでない悪役を演じるためにはそれなりの貫録が必要だ。ディカプリオもそういう歳になったということだろう。それでも、ディカプリオの場合、役者として今後まだまだよくなりそうだと思わせるところがある。ここで一休みすることはなかなかいい選択かもしれない。


真面目に悪役に徹するディカプリオに対し、まったく曲者という感じのジャクソンは、久方ぶりのタランティーノ作品への復帰だ。ヴァルツが出てくるまでは、ジャクソンこそタランティーノのお抱え俳優という印象が強かった。ここでのジャクソンは、肩の力を抜いてというか、思う存分自由に偏屈執事を演じており、ギャグすれすれ (というか充分ギャグか) で楽しませてくれる。


奴隷として買われて行ったジャンゴの妻ブルームヒルダを演じるケリー・ワシントンは、「レイ (Ray)」でもフォックス演じるレイ・チャールズの妻デラ・ビーを演じていた。その上「ラスト・キング・オブ・スコットランド (Last King of Scotland)」みたいな作品もあり、怯えた顔がとてもいいので虐げられている妻というのが十八番みたいな印象があるが、現在主演中のABCの「スキャンダル (Scandal)」で扮しているのは、アメリカ大統領とほとんどタメ口をきく民間調査会社の辣腕女性エージェントだ。もう一つ何か大きなブレイクがあったら、次のハリー・ベリー的なスターの座を狙えるかもしれない。









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19世紀アメリカ南部。シュルツ (クリストフ・ヴァルツ) は、懸賞金のかかったお尋ね者を捕らえて生計を立てているバウンティ・ハンターだった。ある時シュルツは、よく顔の知らないお尋ね者の首実検をさせるために、相手をよく知っている黒人奴隷のジャンゴ (ジェイミー・フォックス) を奴隷商人から救い出す。意外にもジャンゴは射撃の筋がよく、シュルツはジャンゴに、しばらく一緒に懸賞金稼ぎをしないかともちかける。ジャンゴは小金を貯めた後、売られていった妻のブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)の行方を探し出して再び一緒に住む考えを持っていた。しかしそれには、なんとかして扱いの難しい地方豪商のキャンディ (レオナルド・ディカプリオ) を説得する必要があった‥‥


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