デイヴィッド・ブレイン: ダイヴ・オブ・デス

放送局: ABC

プレミア放送日: 9/24/2008 (Wed) 21:15-23:15

出演: デイヴィッド・ブレイン


内容: 耐久アーティスト、デイヴィッド・ブレインがさかさまに吊り下げられたまま60時間を過ごす。


_______________________________________________________________


過去ストリート・マジシャンあるいはイリュージョニスト、現在では耐久アーティストとして身体能力の限界に挑戦することに生き甲斐を感じているデイヴィッド・ブレインの、一昨年から今年にかけてのテーマは、息止め世界記録への挑戦というものだった。


ブレインは最初、ニューヨークのリンカーン・センターにおいて公衆の面前で一週間水漬けになり、その後息止め記録に挑戦したが失敗した。捲土重来を帰して今春、今度はシンジケーションの人気番組「ジ・オプラ・ウィンフリー・ショウ」に出演して再度息止めに挑戦、今度は見事に世界新記録を達成した。とにかくやるからにはなんかの記録を作らないことには収まりがつかないようだ。


そのブレイン、「オプラ」で息止め記録を達成した時に、次に挑戦するのは眠らないでいることとちゃんと自分の口から公言していたはずだが、今回の出し物、というか挑戦は、さかさまに吊り下げられたまま60時間というものだ。思うに、眠らないでいるというのは、第三者の目から見ると本人が本当に起きているか寝ているかの判断がつけにくい。本当に眠くなってくると、人は電車の中で吊り革につかまって、一瞬にせよ立ったままだって寝てしまうのは、ほとんどの者が身に覚えがあるに違いない。薄目を開けたまま寝ることができるやつだって知っている。


だから記録は自己申告によるものに、一応第三者のお墨付きを得るという形になると思うが、その信憑性は低いと言わざるを得ない。たぶん本当にやる時には脳波測定のようなものをつけてできるだけ客観的に測定しようとはするだろうが、そのことと、それが万人を納得させることとは別だ。ブレインのように視聴者に対する視覚的サーヴィスにこだわる (そのわりには視覚的に面白くないものもあるが) アーティストにとって、自分が達成した記録にケチをつけられるのはまったく許し難いものであると思われる。第一、記録達成に失敗した、あるいはその挑戦が終わりになった瞬間、本人は寝ているというのはなにぶん決まりが悪い。ちょっと、息止め記録に輪をかけてアンチ・クライマックスもはなはだしい。そのためにこの寝ない記録に挑戦というのは反故になったのではないかと邪推する。


その結果新しく登場したテーマが、このさかさま吊り下げ記録だ。とはいってもさすがにさかさまに吊り下げられることに世界記録が既に存在しているかは疑わしい。実際、これも正確にさかさまとすると、頭をちょっと持ち上げてもダメなのか、とか微妙な点が出てきそうで、とても客観的に正確な時間を計れそうもない。


そういうわけで、さかさまで60時間と歌ってはいるのだが、そのさかさま吊り下げに関しては、特にこれが世界記録に挑戦というわけでもないのだった。それよりも、むしろこれを中継したABCの番組タイトルが「ダイヴ・オブ・デス」となっているように、さかさまに60時間吊り下げられたブレインが、挑戦を終えた後に何かやるらしいという雰囲気が濃厚で、どっちかっつうとそちらの方に興味が惹かれる。


さらにこれを聞いて驚いたのだが、さかさまになって60時間、と吹聴しているくせに、ブレインは時々降ろされ、ブレイクと称してトイレ・タイムをとっていたりしたそうだ。なんだ、それ。たまたまTVを見ていた女房が目にしたのだが、ブレインは60時間一度もブレイクをとらずに吊り下げられたままだとは言っていない、とインタヴュウに答えていたそうだ。なんだかなあ。そりゃああんた自身の定義では嘘は言ってないかもしれないが、しかし、特に正直に最初から公言してもいない。視聴者の立場から言うと、誰だって「連続で」60時間吊り下げられたままだと考えるのが当然で、そのことはあんただってわかっていたはずだ。それなのにそれに関しては口を閉ざしていたままというのは、詐欺だと言われてもしょうがあるまい。


とかなんとかケチはついたものの、実は我々夫婦はブレインが基本的にこのようなスタントを行うニューヨークに住んでいながら、そのスタントを生で見たことがない。最初はTVで充分だから別に特にそこまでする必要もなかろうと思っていたのだが、一昨年、こちらは本気で見るつもりでいたリンカーン・センターでの息止め記録の時に場所をタイムズ・スクエアとカン違いして見そびれ、その年の年末の、今度こそタイムズ・スクエアで行われた拘束吊り下げもチャンスを逃していた。こうなると逆に本物を見たくなるのが人情で、たとえケチがついていようとも、今回のパフォーマンスが行われているセントラル・パークの、冬季はスケート・リンクとなることで有名なウォルマン・リンクにわざわざ足を運んだのだった。


仕事を終えて帰宅前に、59丁目の5番街と6番街の間の入り口からセントラル・パークに入って、あの辺のはずと当たりをつけたところに歩いていくと、とある一角が照明で明るく、人の喧騒やらがざわざわと聞こえ始める。今度こそあれに間違いないと早足でそこまでたどり着き、やっと、初めて本物のブレインを見たのだった。


いずれにしても、その時ブレインはだいたい地上から1.5mくらいのところに吊り下げられていたのだが、ちょうど下からアシスタントに抱えられるようにして僅かに頭を持ち上げていた。それだけでも少しは楽になれるんだろう。よく考えれば、どんな人間であろうとさかさまにぶら下げられたまま60時間というのは無理がある。吊り下げられたまま、途中休憩もなし、少しも頭を持ち上げることも許されないとしたら、頭に血が上って本当に死んでしまうだろう。なんとなくブレインだからと単純に考えていたが、彼だって人間だ。60時間上下逆転したままでは生きてはいられまい。で、私は手を伸ばせば彼を触れるくらいのところまで近寄って、とにかく本物を生で見た、今回はこれでよしとするかと家路に着いたのだった。


その後、私たちがウォルマン・リンクを去ってしばらくした午後9時から2時間にわたって今度はABCがその模様を生中継する。もちろん最近のブレインの耐久パフォーマンスは、それだけを映したって特に2時間持たせられるようなものでもないから、ほとんどの時間をブレインが全米各地で行ったストリート・マジックのパフォーマンスで繋ぎ、その合間合間に現在のさかさまのブレインを映し、そしてクライマックスは‥‥という趣向だ。


そして、ここからが今回の修羅場、というか大失態が起こる。実はこの日、リーマン・ブラザース倒産に端を発する経済破綻の現状を何とかすべく、予定になかったブッシュ大統領の特別演説が午後9時から入った。こういう特別演説がある場合、基本的にネットワークはその中継を求められ、ネットワークも国から公共の電波を貸与されている立場上、無下には断れず、これを中継するのがならいとなっている。


それで2時間番組として予定されていたブレインの「ダイヴ・オブ・デス」は、そのまま大統領演説の時間分、15分だけ後ろにずれた。既に2時間番組として間に入れるフッテージとかも編集済みだったから、今さら15分だけ減らして1時間45分番組にするよりは、2時間番組のまま15分間後ろにずらす方が楽だったのだろう。


それはいい、それはいいが、しかし、われわれ夫婦はウォルマン・リンクに寄った後、その後、知人からもらったチケットで、近くで行われたクラシックの交響楽団のコンサートに足を運んでおり、ブレインのクライマックスは録画しといて、後で家に帰ってから見るつもりだった。むろん、その時は私はその夜ブッシュの演説があるなんてまるで把握してなかった。当然VCRは午後9時から11時までしか設定していなかった。そしたら、家に帰って巻き戻したテープの最初に入っているブッシュの演説を見て、愕然としてしまった。


そして番組は残すところあと15分という段階に入り、いよいよ番組も佳境、というところで録画はぶちりと切れていた。憤懣やるかたないとはこのことだ。今回に限って、60時間吊り下げられたあとのブレインが何かをするはずというのが番組のキャッチだったのに、その肝心要のところが録れていない!! むろん現代の一TV視聴者として、私がマックに向かってまずはYoutubeをチェックしたのはあまりにも当然だ。


そしてこれまた当然の如く、私が見そびれた最後の10分弱程度を携帯で録画したものをアップロードしてくれていた奇特な者が何人もいて、画像の質はともかく、その見そびれた部分が見れたわけだが、これがまた、私が今まで見てきたTVの中でも1、2を争うくらいの奇妙奇天烈珍無類なものだった。


無事60時間のさかさま吊り下げの偉業? を終えたブレインは、そのままロープを吊り下げていたやぐらの上に上る。ふむ、そこからジャンプか、だから「ダイヴ・オブ・デス」か、と納得するが、一方でそれだけかと思ったのも事実だ。そしてブレインは、TV中継時間に合わせて思い切り気を持たせたあと、ジャンプ、そしてハーネスに繋がれたままのブレインは、地上には達せず、ただ振り子のように途中でぶらぶら揺れているだけなのだ。なんだ、これ。これがやりたかったことか?どこがダイヴ・オブ・デスだ?


そしてしばらく時間が経ってから、本当はこれがやりたかったのだろう、ブレインの身体が浮き上がると、夜空高くに舞っていった。なんて書くと格好よさ気に聞こえるのだが、実際にはほとんど何やっているかよくわからず、たぶんこれが失敗だったのが明らかな証拠に、観客からは何がなんだかよくわからないざわめきやブーイングが覚めやらないし、ブレインに向かってサイテー (You suck!) なんて怒鳴っている者もいる。いったいブレインは本当に何をしたかったのか。


その後のブレインのインタヴュウやらから得た情報を総合すると、ブレインは最後、やぐらからジャンプ、地上に激突する前に、ハーネスをくくりつけた巨大なバルーンがブレインの身体を引っ張り上げ、空高く舞い、夜空に消えていくという趣向だったのだそうだ。確かに決まった場合の視覚的効果は高そうだが、しかし、聞いただけでもあまり成功率高くなさそうなマジックという気がする。本当にそんなことやる気だったのか。しかしブッシュ演説によって違いの出た15分の間に、予定していたのと違う風が出てきたりして思うように行かなかったのだという。


しかし、たった15分で違った風のために失敗したマジックなんて、ブッシュの演説がなくたって失敗したような気がする。思うに、最初から失敗が運命づけられていたのが今回のパフォーマンスだったのではないか。Youtubeを見ていたら、ABCの中継アナウンサーが (彼は一応ブレインが何するかの情報は得ていたのだろう)、タイミングに失敗しながらも夜空に舞ったブレインに対し、彼は消えてしまった! となんとか必死に場を取り繕おうとしているのに、近くの女の子が、あたしたちは騙された!、と言っているのがはっきり聞こえており、正直言って爆笑ものだ。どうやらここへきてブレインの評判が瓦解してしまったようだ。次にブレインが何をするかはまだ知らないが、これまでブレインの耐久パフォーマンスを中継してきたABCが、次も中継する可能性はほとんどないような気がする。







< previous                                    HOME

 

David Blaine: Dive of Death


デイヴィッド・ブレイン: ダイヴ・オブ・デス   ★★

 
inserted by FC2 system