Dirty Pretty Things


堕天使のパスポート  (2003年9月)

オクウィ (キウェテル・エジョフォー) は違法でロンドンに滞在しているナイジェリア出身の元医者で、昼はタクシー運転手、夜はホテルのフロントをして生計を立てている。トルコ出身で、ヴィザは持っていても就業許可は持っていないシネイ (オドレイ・トトウ) と契約して共同で生活しているが、二人とも、いつも移民局の影に脅える生活を送っていた。ある日、オクウィはホテルの部屋のトイレの詰まりを直そうとして、そこに、人間の心臓が捨てられているのを発見する。誰かがそこで死んでいるのだが、支配人のスニーキー (セルジ・ロペス) はとりあおうとしない。実はスニーキーはホテルの部屋で、貧しい者たちから闇で臓器を買うという裏の商売をしていたのだ‥‥


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「危険な関係」のスティーヴン・フリアーズによる最新作は、ロンドンを舞台とするスリラーで、オドレイ・トトゥ以外特に著名な俳優が出るわけでもない、インディ色濃厚な映画だ。こういう作品が封切られるようになると、ああ、夏の大作シーズンもそろそろ終わるんだなという気になる。どちらかというと、大作アクションのカウンター・プログラミングとして大作と一緒に夏に封切られてくれた方が、見る方としては選択肢が増えて嬉しいんだが。


今回、主演は知名度のあるトトゥというふうに宣伝されているが、実は彼女は準主演級に留まり、本当の主演はオクウィを演じるエジョフォーである。しかしほぼ無名なので、いくらなんでも彼と演出のフリアーズの名だけでは客を呼べないと判断した配給サイドの宣伝プランなのだろう。とはいえ確かにエジョフォーは少なくともアメリカでは完全に無名で、私は正直言ってChiwetel Ejioforという綴りは、本当にエジョフォーと発音するのかどうかすら自信はない。いずれにしてもトトゥのアップが刷られたポスターは、はっきり言って誇大広告、ひいき目に見てもミスリーディングである。


トトゥは、「アメリ」で完全に決定づけたおきゃんな印象によるタイプキャストの弊害から逃れようとこの役を選んだのは間違いあるまい。かなり汚れ役なのだが、これまでの印象を一掃するという点で、それはなかなか成功していると言えよう。英語の訛り具合はともかく、黒髪のトトゥは、見かけでは中近東の血を引いているという役でも充分通用する。


エジョフォー演じる主人公のオクウィは不眠症で、どうせ寝れないんなら、という感じで、ほとんど寝ずに働いている。それでもタクシーを運転しながら一瞬寝てはいるようではあるが。実は私はかれこれ20年前にロンドンに貧乏旅行をしたことがあるのだが、その時、このオクウィとまったく同じように、不眠症のアフリカから来た黒人 (どこの国だったかは忘れた) と同じホテルに滞在したことがある。もう名前なんかとうの昔に忘れてしまったが、わりとインテリで、日本にも留学したことがあるといって、もう忘れたと言いつつかなり流暢な日本語を喋った。


オクウィを見て、その時のことを思い出した。当時、アフリカ出身で、日本にも留学したことがあり、ロンドンのホテル住まい (安ホテルではあったが) で、働いている様子もないとなると、多分かなり裕福のインテリだったと思う。しかしその男はとにかく眠れないらしくて、いつも何か身体がきつそうな様子をしていた。しかし何よりも、相手に礼節を尽くすというような他人に対する接し方が映画の中のオクウィとそっくりだったので、当時のことをいきなり思い出したのである。だからというわけではないが、いかがわしいホテルに滞在していようとも、カー・サーヴィスの経営者からいかがわしいことを強要されようとも自分のポリシーを崩さないオクウィに、かなり入れ込んで見ていた。


とはいえ、別にそういう思い入れなぞなくとも、この映画はかなりできがよい。ロンドンのアンダー・グラウンドの移民社会、違法滞在者の世界がさもありなんという感じで描かれており、違法入国者を摘発する移民局の係官が、自分たちも白人ではなく、多分元々はインド系辺りの有色人種であり、彼らが執拗にやはり有色人種であるトルコ系のシネイや黒人のオクウィをマークしているところなんかも、多分近親憎悪みたいな感じで本当にそうなんだろうなと思わせる。


その他、ホテルの入り口に立つ東欧系の男、オクウィの友人で病院で死体処理をするチャイニーズ、コール・ガールの黒人女性等、この映画に出てくる主要人物は、全員白人ではない。ホテル経営者のスニーキーですら、アングロ・サクソンというよりは南欧の血が濃い (まあ白人ではあるが)。ついでに言うと、オクウィの働くホテルやタクシー事業所からシネイの働く裁縫屋、さらに雑貨屋、簡易食堂、そのすべてで働いている者たちすべて白人ではない。裁縫所には白人がいるが、東欧系の出稼ぎであることは明らかだ。たまさか出てくる生粋の白人は、オクウィが運転する車の客であったり、違法臓器を買い取るエージェントだったりと、ここでは刺し身のツマでしかない。いつからロンドンから白人は消えたんだと思わせる。その意味でこの映画は、こないだ見た「28日後」の別ヴァージョンのような印象を受ける。


ところでスニーキーを演じるのは、「ハリー、見知らぬ友人」の事実上の主役を務めていたセルジ・ロペスである。その時見た時は気づかなかったのだが、実はロペスは、現在、CBSのヒット・ドラマ「ウィズアウト・ア・トレイス (Without a Trace)」で主演しているアンソニー・ラパグリアにそっくりだ。もちろんその時はこの番組はまだ始まってなかったから、今のようにお茶の間に名前が浸透していなかったラパグリアに似ていると気がつかなくてもしょうがないのだが、家で「ウィズアウト・ア・トレイス」を見てて、本当にそっくりだと思った。別にだからどうだということはないんだけれども。


フリアーズは「危険な関係」以来ヒットらしいヒットはなく、むしろ「ジキル&ハイド (Mary Reilly)」のような完全に興行的には失敗した作品で知られていたり、「未知への飛行」をTVで生放送としてリメイクした番組を監督したりしている。とはいえ、私見では「ジキル&ハイド」は、作品としてはともかく、ジュリア・ロバーツ出演作として見ると、彼女の傑作の一つである。ロマコメの女王としてのロバーツを見に行った全員から糾弾されようとも、「ジキル&ハイド」のロバーツは、これまで彼女が出演したどの映画よりも微妙な美しさを出していた (下手くそなイギリス英語はともかく)。こういう映画を撮るフリアーズに痛く感心したのを覚えている。


それから言うと、TV版「未知への飛行」は、生放送ということもあって、実際に本番中に役者が演技している時は既に作品は演出家の手から離れており、その点で、TV番組といえども、ほとんど舞台を演出したようなもんだろう。実際に演出家の腕よりも役者の力量が前面に出る番組となっており、リメイクでもあり、別に誰が演出してもあまり代わり映えしない番組でしかなかったと思う。これらを考えると、ハリウッドに進出して失敗したジャン-ピエール・ジュネを「アメリ」で復活させ、今また最近ほとんど名前を聞かなくなったフリアーズを復活させたと言えるかと思うトトゥは、やはり「アメリ」を地で行くような女神系女優か。







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