放送局: CBS
プレミア放送日: 11/6, 11/13/2005 (Suns) 21:00-23:00
製作: フォン・ザーナック・サートナー・フィルムズ
製作総指揮: ロバート・サートナー、フランク・フォン・ザーナック
共同製作総指揮: ランディ・サター
製作: レズリー、オズワルド、ピーター・サドウスキ
監督: ディック・ロウリー
脚本: クリスチャン・フォード・ロジャー・ソファー
撮影: ニール・ローチ
美術: シーラ・ヘイリー
編集: トッド・フォイヤーマン、スコット・ケリー
音楽: ジョゼフ・ウィリアムズ
出演: ジーナ・ガーション (ジュディス・カー)、キャメロン・ダッド (ロス・ダフィ)、ランディ・クエイド (トルネード・トミー)、シャネン・ドハーティ (フェイス・クラヴェル)、ジェイムズ・ブローリン (ドニー・ホール)、スウィージー・カーツ (ペニー・ホール)、トム・スケリット (マイク・デイヴィス)、ロバート・ワグナー (ライアン・カー)
物語: パリが暴風に襲われ、エッフェル塔が倒壊、エジプトではピラミッドが吹き荒れる嵐の前に瓦解、ラシュモア山の歴代大統領の彫刻も崩れ落ちる。異常気象状態に対応すべく新しく代表に任命されたFEMA (連邦危機管理局) のジュディス・カーは、民間のスペシャリストであり、かつての恋人でもあったロス・ダフィの力を借りようとする。そのうちにも突発的異常気象はアメリカ北東部を経てニューヨークに迫ろうとしていた。それだけでなく、ジュディスとロスのティーンエイジャーの子供たちが乗ったバスが、狂信者によってバス・ジャックされるという事件が起きる‥‥
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昨年この時期にCBSが放送したミニシリーズ「カテゴリー6: デイ・オブ・デストラクション (Category 6: Day of Destruction)」は、TV映画/ミニシリーズ番組として、年間第4位に入る高視聴率を獲得した。大荒れの気象がシカゴを襲い街を破壊するという内容の、いわゆるパニック・ムーヴィである。「カテゴリー7」は、当然その続編だ。
タイトルにもなっている「カテゴリー」とは、気象用語で、ハリケーンの規模の大きさをあらわす。カテゴリー1からカテゴリー5まで区分けされていて、数字が大きくなるほどその規模も大きくなる。因みに今夏、ニュー・オーリーンズを壊滅状態に陥れたハリケーン・カトリーナがカテゴリー3に過ぎなかったことを思えば、その基準の最大級数である5を超えるカテゴリー6が、どのような災害規模であるかはもはや想像の埒外だ。
いったい、自然に起こる災害としてこれ以上はないと言える規模を5として設定しているのに、既に7まで行ってしまった「カテゴリー7」は、もはや人々の嘲笑の対象としかなっていないが、しかし、この種のパニック・ムーヴィは、ある種のギルティ・プレジャーになりうることも確かなのだ。前回ほぼ壊滅的に破壊されたシカゴに代わりに、今回は突発的な嵐がニューヨークとワシントンD.C.を襲うという。この安易な設定には、なにかしら思わず見たいと感じさせる甘美な誘惑があることもまた事実なのである。
しかも主人公のFEMA (最近このお役所の部署の名を至るところで聞くようになった。もちろん実在する機関である) の新局長に就任してきたジュディス・カーを演じるのは、なんとジーナ・ガーションだ。ここで心ある視聴者なら、当然これはまじめに見る種の番組ではないことに気づく。ガーションがアメリカの最大の危機の管理を一手に引き受けている責任者なのだ。もはや国民に望みはないと告げているのも同じことである。実際ガーションはすぐに自分一人で事態を改善することに見切りをつけ、外部に助けの道を求めてしまう。あんただってプロフェッショナルじゃないのか。
これではせめてガーションが脱いでくれることを願うばかりだ。実際、これがペイTVのHBO番組だったりしたら、ガーションがきっととんでもないことをしてくれるに違いないと逆に期待が膨らんだだろうが、裸がご法度のネットワーク番組ではそれはかなうまい。「カテゴリー6」では、ガーションの立場にいる主人公は勇退間際の米気象局の気象調査官に扮しているブライアン・デネヒーで、彼の印象もあって番組はそれなりになんとかまとまりをつけたという印象があったが、ガーションが主人公では、「カテゴリー7」はもはやそれは無理だろう。一方、もしかしたらそのガーションが津波や竜巻やハリケーンに巻き込まれて悶え苦しむという展開になるのならば、それはそれで面白そうなのは確かだ。どう見てもこの番組ってギルティ・プレジャーでしかありえない。
実際、番組の冒頭では、いきなり理由もなくパリに突如嵐が吹き荒れてエッフェル・タワーを倒壊させ、凱旋門を粉砕してしまう。他にも世界中に名所旧跡大都会はいくらでもあるだろうに、よりにもよってパリだ。「チーム・アメリカ: ワールド・ポリス」でトレイ・パーカーとマット・ストーンによって破壊されつくしたパリが、またもや傲慢なアメリカ人によって再度粉砕されてしまう。こりゃダメだ。アメリカとフランスの仲が悪くなるわけだ。今回はルーブルにミサイル撃ち込まなかっただけまだましと思うべきか。さらに「7」では、返す刀でやっぱりまたまた「チーム・アメリカ」同様エジプトを嵐が襲い、ピラミッドが崩れ落ちてしまう。アメリカ人の破壊願望ってこれだから。
もっとも、これまた「チーム・アメリカ」同様、「7」は自分を茶化す (一応番組自体はギャグではないのだが) ことも忘れてはいない。ラシュモア山のあの有名な歴代大統領の頭像の、向かって一番左端の顔だけが崩れ落ちていくのだが、番組製作者の誰かはこの前大統領になんかの恨みでもあったのか。そして今回は、ついにニューヨークを嵐が襲う。いきなりタイムズ・スクエアを津波が襲ってくるのは無理がありすぎだし、「デイ・アフター・トゥモロー」と比較してしまうとどうしても予算の差がわかってしまい、苦しいところなのだが、それでも頑張っていると言えよう。
貿易センター・ビルがなくなっているので嵐は自由の女神を襲わざるを得ないのだが、その頬が崩れ落ち、たいまつを灯す腕がもぎとられて飛んでいく。思わず自虐的な快感が走る。しかしエンパイア・ステイト・ビルを無傷のまま残したとしか思えないのは、今冬公開の「キング・コング」に遠慮したか? さらに、ついに嵐は首都ワシントンD.C.をも襲う。もう、この際D.C.にある建物がホワイトハウスしかないようなのはなぜか、なんて疑問は口にはしまい。やはり、ホワイトハウスがぶっ飛んでいくのを見るのは快感なのだ。これ、本当に番組作っているやつらもやけくそに思いながら製作してたんじゃないのか。
「7」では唯一、「6」にも出ていた共通キャラクターとして、竜巻チェイサーのトルネード・トミー (ランディ・クエイド) がおり、彼が今回も嵐を追っかけて町から町に車を走らせるのだが、今回その相棒役を務める元学者、現バーテンダーのフェイスを演じるのは、よりにもよってシャネン・ドハーティだ。ガーションとドハーティの双肩にアメリカの将来がかかっている。これでは助かるはずだった者まで追い打ちをかけて殺してしまうのは必定だろう。しかし、この番組、本当にギャグじゃないのか、私も本当に不安になってくる。チャンネル間違えて別のコメディ見てんじゃないだろうな。
さらにこれだけじゃ4時間もたせられないので、なぜだか新興宗教の教祖様夫妻が話に絡む。演じているのはジェイムズ・ブローリンとスウィージー・カーツというこれまた曲者で、彼らに世直しを目論む狂信者が絡み、ガーションの息子たちを誘拐するというサイド・ストーリーがこれまたツライ。「6」でも当然、世直しだか社会への復讐だかを企む男が発電所を外部からのコンピュータ操作で乗っ取るというサイド・ストーリーが付随しており、こちらの方はまだそれなりに話を面白くしていたが、今回に関してはちょっと常軌を逸しすぎだ。
その他にも、なぜだかずっと軍用機に乗ったままで、結局なんだったかよくわからないパイロット役のトム・スケリットや、出てくるだけで話をソープっぽくしてしまうロバート・ワグナーなんて出演陣がいるために、とにかく収拾がつかない。それでどうやってこれ話が終わるのと思いながら録画してあったテープを半分は早回しで見ていたのだが、これをリアルタイムで見ていたのなら、怒り狂ってTVにリモート投げつけたのは間違いないだろう。
最後は、ガーションが無事誘拐された息子を助け出して外に出てみると、嵐も去って再び陽が差しはじめ、めでたしめでたしとなるのだが、思い切り話のポイントがずれている。カテゴリー7の大暴風雨の話のはずだったのに、いつの間にやら話がすり替えられて、家族愛のドラマで無理やり話をこじつけて終わらせた。D.C.はどうなった、ニューヨークはどうなった。あれだけの規模の災害だったのに、なんであんたはその対策責任者という地位をほったらかしてオフィスを抜け出せるんだ。やっぱりなあ、ガーションを責任者にするというのは無理がありすぎたよ。これではCBSが来年「カテゴリー8」を製作する可能性はゼロだな。しかし、それでよかったと思ったのは私だけではあるまい。
