Captain Phillips


キャプテン・フィリップス  (2013年10月)

海賊というと反射的にディズニーの「パイレーツ・オブ・カリビアン (Pirates of the Caribbean)」を思い出してしまうので、一瞬21世紀の現代というコンテキストで海賊という単語を聞くと違和感を覚えてしまうが、海賊は現代でも存在する。ただし、むろん黒ヒゲ、アイパッチ、鉄フックの義手や義足というステレオタイプな海賊とは、まったく異なるものであることは言うまでもない。


現代の海賊は日頃は地上で生活しており、行動を起こす段になると小銃を抱えて今にも壊れそうな小型のボートに乗り組み、客船ではなく貨物船を襲って荷を強奪する。多くは日帰りの仕事だ。それが近年、アフリカのソマリア沿岸に多く出没する海賊の一般的な行動スタイルだ。


映画は実話のドキュドラマ化であり、主人公のリチャード・フィリップスという人物は実在し、事件は2009年に本当に起きている。アメリカでは結構大きく取り上げて報道されていた。とはいえ、ニューズ報道だけでは詳細まではわかるべくもなく、海賊は射殺され、フィリップス船長は無事救出されたという大まかな事件の概要がわかるだけだった。


そのため私が想像したのは、ナイト・スコープを装備したスペシャル・フォースの面々が乗っ取られた貨物船に夜陰に乗じて乗り込み、海賊を一網打尽にしたというものだった。最初、ヘリから船の甲板に降りたかと思った。要するに、考えていたのは「ゼロ・ダーク・サーティ (Zero Dirk Thirty)」だ。しかし、それだとさすがに音がうるさいし、見つかって警戒される可能性の方が高い。小型の快速艇で接近する方があり得るか、あるいは潜水艇で近づいたとか、などと思っていた。


そしたら事実はまったくそんなではなかった。いくら銃器を携えていてもプロの軍人ではない海賊は、船員の返り討ちに遭ってリーダーが逆に捕えられる。彼を、人質として扱われているフィリップス船長と交換し、その後海賊は船備え付けの救命ボートで貨物船から離脱するという交渉の末、最後の瞬間にフィリップスは海賊によってボートに引きずり込まれる。


しかし船としては最小限の装備しか備えていない救命ボートは、スピードが出るわけでもなく、すぐに米軍の船に取り囲まれる。その船の甲板から何人ものスナイパーがライフルで常に狙っている中を、海賊4人とフィリップスが乗った狭く暑苦しい救命ボートがよたよたと進む、というか、ほとんど漂っているのだった。こりゃ「ゼロ・ダーク・サーティ」ではなくて「ライフ・オブ・パイ (Life of Pi)」だ。あるいはフィリップス船長に扮するトム・ハンクスが以前に主演した「キャスト・アウェイ (Cast Away)」か。そちらでも生死を賭けて海原を漂流し、今また海で、一人ぼっちの漂流よりさらに悪い、周りを敵に取り囲まれてのたのた進む。


「キャプテン・フィリップス」という話自体は、単純には不屈のヒーローものと言えなくもない。しかし実はハンクスが演じているフィリップスは、実物は一見すると日本の捕鯨産業の不倶戴天の敵である、シー・シェパード代表のポール・ワトソンを思い起こさせる。必ずしもそっくりというわけではないが、印象はかなり似ている。つまり、フィリップスは実物はわりと胡散くさい印象を与える。


実際の話、フィリップスはこの時の事件において、不必要な行動で乗組員を危険な目に遭わせたとして、事件後に乗組員から訴えられている。私も映画を見ている時、なぜ他の船団と行動を共にせず、わざわざ単独で航行して自ら危険を呼び寄せるようなことをするのか、不思議に思った。その行動についての明確な説明はない。船長としての技術は一級かもしれないが、独りよがりな点があるのは事実と思える。


フィリップスはマークス・アラバマ号を擁する会社で働いている一社員であり、ローテーションによって乗り込む船を指示されるため、常にマークス・アラバマを指揮するわけではない。航空会社で働くパイロットが、常に同じ機体を操縦するわけではないのと一緒だ。だから船に乗り組む時は、必ず出航前に自分の足と目で船の様子を確かめる。「フライト (Flight)」で機長に扮するデンゼル・ワシントンが機に乗り込む前に、土砂降りであるにもかかわらず、外に出て自分の目で機の様子を確かめていたことを思い出す。一方で彼はアル中であり、パイロットとしての腕のよさは必ずしも人格のよさを意味しない。これまたフィリップスにも当てはまりそうだが、フィリップスの場合、トム・ハンクスが彼を演じていることで、あからさまに悪い印象は受けない。


ハリウッドで、ハンクスほど善人型のヒーロー/主人公を演じ続けてきた者はいない。特にハンサムというわけではない外見が見る者に親近感を与える方向に作用しており、感情移入しやすい等身大のヒーローという印象を与える。彼が演じた役で少しでも悪役っぽいイメージがあるのは、「クラウド・アトラス (Cloud Atlas)」くらいしか思いつかない。ハンクス自身はそのことを是としており、ずっとこれで行きたいとどこかで言っていたのを読んだことがある。ほとんどの俳優が同系統の役ばかりだとイメージが固まるのを恐れるところを、それはそれで偉い。


フィリップスの妻アンドレアに扮するのがキャサリン・キーナーで、私はこれがキーナーとはまったく気づかなかった。冒頭の一部に顔を出すだけなのと体重を増やして貫録をつけているからで、そういうメイクでもあるのだろう。いずれにしても一般家庭の主婦を演じさせると、彼女ほど役柄に染まる役者はいない。


海賊のリーダー、ムセを演じるバーカッド・アブディは実際にソマリア人で、映画の中で彼が話しているソマリア語は本物だ。アメリカの数少ないソマリア人コミュニティから発見したということだ。陸上短距離のウセイン・ボルトをそのまま小型化したような顔をしている。ただしこちらは痩せぎすで、短距離というよりはマラソン・ランナーに見える。


映画ではいかにも経験のない一人を除いて特に彼らの若さが伝わってくるわけじゃないが、実はムセをはじめ4人の海賊は、全員ティーンエイジャーだったそうだ。海賊といってもまるっきりプロじゃない。彼らに銃を渡し、その上がりをピンハネして甘い汁を吸っている者たちが地上で待っている。どこの世界でも搾取する者される者は存在する。海賊の世界においてすらそれは摂理なのだった。しかし素人の海賊か。








< previous                                      HOME

貨物船の船長リチャード・フィリップス (トム・ハンクス) はマークス・アラバマ号に乗り、ケニアまで航行する手筈になっていた。ソマリア沿岸は海賊が多く出没することで知られており、船の警備体制に不安を感じたフィリップスは、抜き打ちの避難訓練を行うなどして船員の気を引き締めようとする。しかし不安は的中して海賊はマークス・アラバマ号を標的に定め、襲ってくる。最初の襲撃は機転を利かせたフィリップスがさも海軍がすぐにでも救助に駆けつけてくるように見せかけて難を逃れるが、二度目の襲撃はかわすことができず、武器を持たないマークス・アラバマ号は、やすやすと海賊に乗船を許してしまう。しかし船の細部まで知り尽くしている船員は、ばらばらになった海賊に反撃、首謀格のムセ (バーカッド・アブディ) を捕らえることに成功する。取り引きによってムセとフィリップスの人質を交換した後、海賊は救命ボートに乗って船を離れるはずになっていたが、海賊は最後の瞬間にフィリップスをボートの中に引き込み、彼と4人の海賊を乗せたまま、救命ボートは船を離れる‥‥


___________________________________________________________

 
inserted by FC2 system