Capernaum


存在のない子供たち (カペナウム)  (2019年2月)

映画の冒頭、タイトルの「Capernaum」とは、「chaos (混乱、無秩序)」だという意味のテロップが入る。ところが、ググってみるとカペナウム/カペルナウムとは、現イスラエル北東部の、キリスト教の伝道の本拠地の地名だ。その聖なる固有名詞が、お隣りの国では無秩序を意味する。やっぱあの辺って、世界で最も理解し合うのが難しそうな場所のようだ。 

  

話は、裁判所で原告席に座る12歳の少年ゼインの描写で幕を開ける。周りのすべてのごたごたに嫌気が差したゼインは、自分を生んで責任をとらず放ったらかしの親を訴えるという挙に出たようだ。しかしいったいどういう経緯でこんなことになったのか。話はゼインが両親と暮らしていた頃に遡る。 

 

ゼインには可愛がっていた妹がいたが、その妹がほとんど家賃のかたの人身売買のようにもらわれていく。激昂したゼインは家を飛び出し、バスの中でスパイダーマンのコスチュームを着ていた遊園地の客引きのようなおっさんにつられてバスを降り、そこで清掃で働いていたエチオピアから来た違法移民のラヒルと親しくなる。ラヒルにはまだ乳飲み子のヨナスがおり、ゼインはラヒルが働いている日中ヨナスの面倒を見ることで、ラヒルの住むバラック小屋のような場所で生活を続ける。しかしある時ラヒルが取り締まりに引っかかって小屋に戻れなくなる。金もミルクも食料もないのに、ラヒルが帰ってこない。ゼインは乳飲み子を抱えて行動を起こす。 

 

「カペナウム」を見て思い出した映画がある。「ハッシュパピー バスタブ島の少女 (Beasts of the Southern Wild)」だ。「ハッシュパピー」を思い出したのは、取りも直さず貧乏生活を送るゼインの境遇がかなりハッシュパピーと似ていたからに他ならない。ゼインがヨナスを鍋の中に入れ、スケートボードの上に乗せて引っ張って連れて歩くのとかなり似たような構図が、「ハッシュパピー」にもあったように思う。要するに、どちらも貧乏だ。 

 

世の中の底辺にいる者ほど社会のツケが回ってくるのはどこの国でも同じで、ラヒルは一生懸命働いているのに、そこから脱出できる見込みは今のところない。弱い者ほど絞りとられる。そのラヒルがいなくなり、乳飲み子のヨナスと取り残されたゼインは、自分の知恵と行動力で生きていかなくてはならなくなる。しかし12歳の子と乳飲み子がなにもせずに生きていけるほど社会は甘くなく、ゼインは万策尽きる‥‥ 

 

ベイルートは、かつては中東のパリと呼ばれるほど美しい街だったが、1970年代の内戦で荒廃する。その辺りの事情は昨年公開の「ベイルート (Beirut)」でも描かれていた。現在は再興が進んでいると聞いているが、現実にはどうやらまだまだのようで、「カペナウム」で描かれている世界は、まだ大半が瓦礫の山に近い。 

 

ゼインは知り合った同様の境遇の女の子から、海外で養子にもらわれることで今の状況から脱出できるという話を聞く。しかしそれには法的な自分の出生証明がいる。しかし生まれてこの方、親から放って置かれたゼインには戸籍がなく、従ってパスポートもなく、事実上彼はこの世にいないも同然であり、国外での養子縁組を組みようがない。 

 

なんとかそういう証明ができないかと家に戻ったゼインは、証明書どころか可愛がっていた妹が、もらわれていった先で性交を強要された挙げ句死亡したことを知る。ぷっつん来たゼインは刃物を持って相手先に乗り込み、逮捕される。ゼインは少年刑務所のようなところへ送られ、視聴者から悩みを受け付けるTV番組の存在を知る‥‥ 

 

あまりにも波乱万丈なので、これは実は実際に起ったこと、事実の映像化なんだろうなと思っていた。ほとんど空想に近いような話だからこそ、本当にあったことに違いないという気がした。これが怪物が出てくる「ハッシュパピー」ならファンタジーになるが、周りの人間との泥臭い交流が描かれる「カペナウム」は、逆に事実臭い匂いがぷんぷんする。 


と思っていたら、これはフィクションなのだそうだ。たぶん実際にベイルートではかなり似たようなことが起きているのではと想像するが、しかし、よくこんな話考えた。それにしても「カペナウム」の演出は女性監督のナディーン・ラバキーだ。昨年、「足跡はかき消して (Leave No Trace)」「ビューティフル・デイ (You Were Never Really Here)」「ザ・ライダー (The Rider)」等、地に足の着いた、あるいは泥臭い作品はほとんどが女性監督の手によるものだった。「カペナウム」はさらにその路線が極まったという感じだ。


最後、ゼインは生まれて初めて証明写真を撮り、身分を証明するものを獲得する。生まれて初めて、彼は個を確立したのだ。今の気分を問われて照れ笑いをするゼイン。それにしてもいい顔で笑うよねえ。 











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ベイルートのスラムに家族と一緒に住む12歳の少年ゼイン (ゼイン・アル・ラフィーア) は、貧乏なため学校にも通えず、親はほとんど子どもたちの教育は放任で、ゼインが兄弟たちの面倒を見ていた。ゼインは特に年下の妹ザハーを可愛がっていたが、初潮を見た妹はもう大人の女として、ほとんど人身売買のようにもらわれていく。子供ながら人生に嫌気が差したゼインは家を飛び出し、たまたまバスを降りた場所の遊園地で働いていた黒人女性のラヒル (ヨルダノス・シフェロウ) と親しくなり、これまたスラムのような場所でラヒルのまだよちよち歩きの赤ん坊ヨナスの面倒を見て、ラヒルが仕事を終えて帰ってくるまで日がな一日を暮らす。しかし違法在住のラヒルが官憲に捕まって家に戻れなくなり、ゼインは一人でヨナスの世話をせざるを得なくなる‥‥ 


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