Broken Flowers   ブロークン・フラワーズ  (2005年8月)

中年になっても独身の生活を続けるドン (ビル・マーレイ) の元に一通の手紙が舞い込む。昔プレイボーイで鳴らした彼には何人ものつき合っていた女性がいたが、そのうちの一人からに違いない署名のないその手紙には、実はその女性にはドンの知らなかった二人の間の息子がおり、その息子がいなくなってしまったこと、もしかしたら彼がドンを訪ねていくかもしれないことがしたためてあった。ドンと隣りに住むウィンストン (ジェフリー・ライト) は策を練り、ドンが当時つき合っていた女性を訪ね、手紙を書いたのがいったい誰かを探り当てようとする‥‥


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昨年の「コーヒー&シガレッツ」に続き、2年連続でジム・ジャームッシュの新作が公開される。とはいえ「コーヒー&シガレッツ」は癖のあるフィルム・コラージュだったから、新作の長編が公開されるのは大変喜ばしい。そう思って公開初週の土曜日に見に行ったら劇場はほぼ満員で、席は一番前の列しか空いてないという。昨年、短編集だとはいえ久しぶりのジャームッシュ作品である「コーヒー&シガレッツ」がほとんどすぐこけたために、これは今回も公開初週が勝負だなと思って慌てて駆けつけたのだが、「ブロークン・フラワーズ」はカンヌにも招待され、審査員賞を獲得したり、主演のビル・マーレイが評判になるなどそれなりの話題を集めたためにこういうことになっているらしい。


最近あまり興行的に成功している作品を撮っているとは言い難いジャームッシュ作品にこれだけ人が入っていると、たとえ混んでいようと素直に祝福しようという気になる。とはいえ、スクリーンまで数メートルという位置に座らせられるのはちょっときついので、その時は諦めてパスしていた。その翌週は休暇で家を空けていたため、内心一抹の不安を隠せないまま公開3週目を迎えたのだが、まだ上映している。他人事ではあるが、なにやら嬉しい。


実はそれどころか、劇場に行ってみると、公開3週目でいまだに客席は8割がた埋まっている。見終わって出ようとすると、次の回の観客が劇場の外にまで列をなしていた。もちろんハリウッド大作とは異なるインディ映画だから、上映している劇場数が較べものにならないくらい少ないことも関係あるだろうが、それでも、同じ劇場で昨年はがらがらの状態で「コーヒー&シガレッツ」を見たことを思うと、この違いはいったいなんなんだろうと思ってしまう。そこまで批評家から絶賛されているとか、口コミで圧倒的によかったという話も聞かないのだが。やっぱりマーレイ効果だろうか。


実際の話、マーレイは近年「ロスト・イン・トランスレーション」や「ライフ・アクアティック」等で、今やインディ映画になくてはならない、重鎮とすら言える存在になっている。ここでも、昔プレイボーイだったという、マーレイの外見からしてはあまり説得力のない設定をすんなり見る者に受け入れさせるのは、本人の人徳というところか。


マーレイ演じるドンは、昔はモテモテ、今はコンピュータで一財産つくるなど、悠々自適の生活を送っている。とはいえ、とっかえひっかえ女性を変えてばかりいるということは、逆に言うと誰とも長続きしないということであり、現に今つき合っているシェリー (ジュリー・デルピー) もそういうドンに愛想を尽かして家を出て行ったばかりだ。


謎の手紙がドンの元に届いたのはそういう時だ。ドンは誰かのいたずらかとも思ったのだが、隣人のウィンストンが乗り気で、誰がこの手紙を書いたかという謎を解くために、ドンが思い出した当時つき合いのあった5人の現在の所在を突き止め、ドンに彼女らを訪れるようけしかける。ウィンストンはわざわざドンのためにホテルや飛行機やレンタ・カーまで手配し、ドンは乗り気ではないながらも自分の過去と相対する旅に乗り出すのだった。


ドンの20年前の彼女たちを演じるのが、シャロン・ストーン、フランシス・コンロイ、ジェシカ・ラング、ティルダ・スウィントンという面々で、それぞれに癖のある役を好演 (5人のうち一人は既に他界しているという設定。) これに現在の彼女であるデルピーも含めた豪華な女優陣を、惜しげもなく使っている。実際、デルピーの出番なんて最初の数シーンだけだし、スウィントンもたったこれだけという出番しかなく、しかも本人とわかりづらいメイクで、実際オープニングのタイトル・シークエンスでスウィントンの名前を見ていなかったら気づかなかったかもしれない。


動物の心を読むことができるアニマル・コミュニケーターというけったいな役ながら、なぜか役と合っていると感じさせるラングのアシスタントして出ているのは、「テン・ミニッツ・オールダー」にも出ていたクロイ・セヴィニーだ。HBOの「シックス・フィート・アンダー」には老婆として出ているコンロイは、ここでは30歳若返ったように見え、ストーンも愛嬌を振りまく。20年前とはいえ、ドンはこれらのメンツをほとんど同時期に相手していたのか、そいつはすごいと、感心することしきりなのであった。


ストーン絡みで思い出したのだが、冒頭、謎の手紙が郵便局の仕分け機械を経て目的地に向かって送り出される様をとらえたシークエンスは、ストーンが出ていたマーティン・スコセッシの「カジノ」のオープニングのシークエンスそっくりで、「ブロークン・フラワーズ」が、マーレイが全米各地を旅するロード・ムーヴィものだとしか聞いていなかった私は、なんとなくサスペンスフルなこの出だしを見て、てっきりこいつはマーレイが私立探偵に扮するミステリ・ドラマかと思ってしまったのだった。もちろんそういう話ではないのだが、昔つき合った女性たちの現在の行方を求めて訪ね歩くという構成には、いくぶんそういう感触がないわけではない。なんかあらすじだけを聞くと、ロス・マクあたりの書くハードボイルドものみたいだ。


いずれにしても作品の感触、手触りはまぎれもないジャームッシュのもので、まったく必要もないと思えるシーンが丁寧に撮られていたり、かといって一方では話の辻褄を合わせて観客に謎の答えをすべて提供したりするわけではないなど、いかにもジャームッシュらしさが横溢している。それにしてもやはりジャームッシュ映画では登場人物が旅をしなければ始まらない。そして移動の手段である車や飛行機や列車が画面に出てきて初めてジャームッシュ作品は動き出すのだ。この人は何を撮ってもロード・ムーヴィになってしまう。唯一そうじゃなかったのが「コーヒー&シガレッツ」だと言っても差し支えないんじゃないか。たった10分の「テン・ミニッツ・オールダー」の中の一編ですら、主演のセヴィニーがいるのは、俳優を乗せてどこにでも移動するトレイラーの中だった。飄々としたジャームッシュ本人を見ていても、たぶん、本人も目的地なぞ決めずにぶらりとどこかへ旅するのが好きなんだろうと思う。






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