Body of Lies


ワールド・オブ・ライズ (ボディ・オブ・ライズ)  (2008年10月)

中東のCIA工作員フェリス (レオナルド・ディカプリオ) はとあるミッションで失敗し、大怪我を負う。傷の癒えたフェリスはラングレーのボス、エド (ラッセル・クロウ) の指示により、今度はヨルダンに向かう。そこでフェリスは地元の諜報活動を束ねるハニ (マーク・ストロング) と手を組み、急進派イスラミストのアル-サリームをとらえる計画を立てる。一方、その計画推進の途中でイヌに噛まれたフェリスは、その処置のために訪れたクリニックで、手当をしてくれた女医のアイーシャ (ゴルシフテ・ファラハニ) に大きな好意を感じていた‥‥


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困ったことになった。私たち夫婦は先頃4年ぶりに帰省したことは前回も書いたが、まず「クアランティン」を見て、では今週「ボディ・オブ・ライズ」と思っていたら、実はこの作品、かなり不評で人が入っていない。そのため公開3週目にして既に劇場から消え始め、私たちの家の近くではもうやってないか、やってても他の作品と抱き合わせで、上映は午後1回だけだとか時間が合わなかったりする。おかげで結構ハリウッド大作だと思っていたこの作品を見るために、わざわざ結構遠い劇場まで車を駆って遠出するはめになった。まるでインディ映画を見るために苦労しているみたいだ。リドリー・スコット演出、レオナルド・ディカプリオとラッセル・クロウ主演作品なんだろ、これ。


もちろんこれだけの名前が揃えば、普通批評家評なんて気にしない。予告編を見た段階で、評なんか関係なく女房とこいつは見るぞというコンセンサスはできていたので、正直言って評が悪いということも最初は気づかなかった。いざ見に行こうとして、公開始まったばかりのはずなのにどこでもやってないので、なんでと思って劇場をチェックしていたりする間に、評が悪いという情報もだんだん耳に入ってきたのだった。


今回ディカプリオが扮するのは、中東専門のCIAエージェント。クロウはラングレーからそのフェリスを支持する上官だ。時には命懸けのミッションを遂行するためには、エージェントと彼を指揮する上官は緊密な関係で繋がれていなければならない。軍隊と一緒だ。とはいえ情報の収集と分析が主要任務のCIAの場合、お前の後ろはオレが守るみたいな単純な黒白業務でないことはもちろんだ。いったいいつ何時自分が捨て駒にされるかわかったもんじゃない。獅子身中の虫には不足しないのがスパイ世界の習いというのは、フリーマントルとル・カレが書き続けた話に他ならない。それは21世紀になろうと簡単に変わるものではないのだ。


ふむふむ、クロウとディカプリの初顔合わせはこういうひねった関係下で展開するアクションか、と思って、ふとデジャ・ヴを感じる。違う。この二人、スクリーン上で一緒にいるのを見るのは初めてではない。昔、なんかで見た、と考えて、思い出した。「クイック・アンド・デッド」だ。西部劇だ。シャロン・ストーンだ。サム・レイミだ。なんてこった。この二人、まだディカプリオに少年の面影がまだ残っていた、「タイタニック」より遥か昔に既に共演している。


それにしても、今では誰にも顧みられることなく、私自身この瞬間までまったく忘れていた映画をよくも覚えていたものだと、一瞬我ながら感心する。たぶん、昨年の印象的な「3:10 トゥ・ユマ」で、クロウのガン・マン姿がまだ強烈に記憶に残っていたから、そのガン・マン繋がりで「クイック・アンド・デッド」、およびディカプリオも思い出したんだろう。別にレイミに含むものはないが、さもなければいきなりなんの脈絡もなしに「クイック・アンド・デッド」を思い出すのは、かなり難しい作業だと思われる。


当時ディカプリオはまだまだ童顔とはいえ、既に「愉快なシーバー家 (Growing Pains)」というTVシリーズや「ギルバート・グレイプ」というヒット作に出演しており、アメリカにおける知名度という点では、まだオーストラリアの外ではほとんど知られていないクロウより断然上だった。クロウはせいぜい「ザ・サム・オブ・アス (The Sum of Us)」で一部の映画好きに知られていた程度に過ぎない。「プルーフ」で共演したヒューゴ・ウィーヴィングの方が断然格上だったのだ。第一、クロウが「サム・オブ・アス」で演じていたのは、今からでは想像もできないなよなよしたゲイの役だったし、「プルーフ」では意地悪く主人公のウィーヴィングに嫌がらせする役だった。考えたらこういう嫌みったらしい役柄は、今回も生きている。なにも格好いいヒーローばかりがクロウの持ち味ではない。


そのクロウを見込んでハリウッドに呼んだのがストーンだった。考えればクロウはストーンに結構大きな借りがある。そしてその時はまだ坊ちゃん坊ちゃんしていたディカプリオに対し、クロウはそれなりにガン・マンとして絵になっていた。いわばその時は、兄貴分のガン・マン、クロウと弟分ディカプリオという感じだったものが、今回はタヌキ親父クロウ、正統派ヒーロー、ディカプリオという構図だ。二人とも歳をとったというか成長したというか。はたまたクロウの役柄の広さに感心するか、ディカプリオの成長ぶりに感心するか。私の女房の反応を見る限り、少なくとも女性にアピールするのは後者の方であることは間違いないようだ。


実際、ここでの「クイック・アンド・デッド」以来の二人の変わり方は実に興味深い。クロウは近年はリドリー・スコットのお抱え俳優みたいになっているのだが、スコット作品で今回みたいなアンチ・ヒーローを演じるのはこれが初めて。しかしデブデブになって嫌みな役をさせると、これがはまる。わざわざ体重を増やして嫌らしい男にしたというと、クロウがこれだけ見事にそういう役ができることを発見した功績は「インサイダー」のマイケル・マンに帰すだろうが、しかしスコットによる嫌みなクロウも悪くない。でへっ、と卑屈に笑うクロウを見て、顔にパンチを食らわせてやりたいと思わないやつはいないだろう。


一方ディカプリオは、「クイック・アンド・デッド」の時が嘘のように思えるほど男男した俳優になった。「タイタニック」で世界中の女の子の憧れの若手スターになった時は、むしろこれで道を踏み外さなければいいがと思ったものだが、ちゃんと順調に成長してマーティン・スコセッシやスティーヴン・スピルバーグといった大物監督と仕事している。特に「アビエイター」では一皮剥けたという感じがした。そして今回は、その「アビエイター」でもちょっとまだ苦しいと思えたヒゲがちゃんと板についている。やっとここまできたか。こうなるとディカプリオは少なくともあと20年は役者として安泰だろう。


この主演の二人に加えて、脇も固められている。ヨルダン諜報局のハニに扮するマーク・ストロングを筆頭に、紅一点の ゴルシフテ・ファラハニ、その他諸々の中東系の役者陣は皆いい。ストーリー展開も飽きさせずに見せる。では何が嫌われて興行的に成功していないかというと、結局また中東を舞台にした政治/戦争アクションだからということに尽きるのではないか。


そろそろ人々が中東の戦争の話に倦んでいるのは、今回の大統領選で、バラク・オバマがイラクからの軍隊撤退を公約に掲げ、対立候補のジョン・マッケインに大差で勝って米史上初の黒人大統領になったという事実が如実に示しているように思う。最近の映画を見ても、中東が絡んだ「トレイター」「大いなる陰謀」「キングダム」「告発のとき」等は、すべて評的にも興行的にも成功しているとは言い難い。


来し方を見据えて時には内省的になるのもいいかもしれないが、しかし経済も破綻してしまった今は、後ろを見るのではなく人々は前に進みたいのだ。そういう中東はもういいという気持ちが、ディカプリオやクロウの演技、スコットの演出、映画の中身やアクションといったことよりも前に出てきて、人々の出足を鈍らせているような気がする。さもなければ、このメンツであの予告編で、なんでこんなに人が入らないという理由が説明できない。いくらハリウッドのスターでも、人が特に見たいと思わない作品に出て、それでも人の足を劇場まで運ばせるということはなまじかなことではできないのだった。







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