Blue Jasmine


ブルー・ジャスミン  (2013年9月)

近年ロンドン、パリ、ローマ、バルセロナ、たまさかお膝元のニューヨークと、ヨーロッパ主要都市観光コメディを撮ってきたウディ・アレンが、久しぶりに ニューヨーク以外のアメリカ、それも西海岸のサンフランシスコを舞台に撮った作品が、「ブルー・ジャズミン」だ。そろそろまたシリアスなクライム・ドラマ を撮ってくれてもいいと思うのだが、それはまだ先の話らしい。 

  

主要な舞台はサンフランシスコだが、主人公ジャズミンは元々はニューヨークに住んでおり、100%ニューヨークから離れたわけではない。上流社会に属するジャズミンだったが、夫ハルの浮気発覚、離婚をきっかけに、妹のサンフランシスコの家に転がり込んでくる。 

  

いつもながらアレンの作品は、舞台設定が絶妙だ。一番最初に浮かんだアイディアは、尾羽打ち枯らした上流階級出身の、それでいて世間知らずの女性を庶民の間に放り込み、どれだけピントがずれているかを見てみよう、みたいなものだったと思う。 

  

そのために妹を庶民に設定して対比するのだが、この妹、実は血は繋がっていない。共に養子であり、性格は月と太陽ほど違う。そのため長じて二人がまったく境遇の異なる世界に住むことになっていても納得する。アメリカでは養子縁組は日常茶飯だし、姉妹が共に養子で血はまったく繋がっていないという設定も、多いとは言わないが普通にある。だから姉妹間で顔も性格も体型も現在の境遇も月とスッポンほど違うという設定に無理はない。 

  

ジャズミンは容姿端麗で見目麗しく、どこからどう見ても上流階級という感じだが、実は自分で思っているほど頭が切れるわけでも世知に聡いわけでもない。周り の全員が知っている夫の浮気を最後まで知らなかったのはジャズミンだけだし、その夫の気持ちも息子の気持ちも、わかっているようで実はまるで把握していない。結局人の話なんてまるで聞いてなく、自分のことだけを延々とエンドレスにしゃべっている。とはいえ美貌という点だけは誰も否定できず、それだけで勝ち組に入ってこれまで生きてきた。 

  

一方妹のジンジャーは特に作りがいいわけでもなく、小さい時はたぶん見場のいいジャズミンと比較され、常にババを引かされていたに違いない。彼女が現在、地理的にはニューヨークから最も遠い都市の一つであるサンフランシスコで暮らしているのは、意図的にせよそうでないにせよ、ジャズミンと離れていたいという気持ちの現れだと思われる。 

  

男運も決していいとは言えないジンジャーは、3人の男の子がいるのにシングル・マザーで、今は冴えないボーイフレンドがいる。そのジンジャーが住む、決して広いとは言えないアパートにジャズミンが転がり込んでくる。根が優しいジンジャーは、一応はジャズミンを歓迎するのだが、むろんジャズミンの存在はジンジャーだけでなく、彼女の周りの他のすべての者たちに影響を与えざるを得ない。 

  

生きて行くためには手に職を持たなければならないが、むろんジャズミンにはこれまで働いた経験はない。自分が得意で、やってみたいと思うのはインテリア・デ ザイナーだが、オンラインで学位を得るためにはまずコンピュータをマスターしなければならず、その学校に行く学費を稼ぐために歯医者の受け付けで働き始め る。しかし美し過ぎるジャズミンに当の歯科医がくらくらしてしまい、長続きしない。 

  

ジャズミンはパーティで独身の外交官ドワイトと出会い、つい勢いで自分はインテリア・デザイナーだと口走ったことから二人の関係はとんとん拍子に進む。一方、パーティに同行したジンジャーも、やさぐれた中年男のアルといい仲になるのだが‥‥ という展開。 

  

特筆すべきはそれぞれが持ち味を存分に発揮しているキャスティングで、これだけ完璧と思わされるキャスティングはほとんど記憶にない。主人公ジャズミンを演じるケイト・ブランシェットは元々上流階級っぽい雰囲気を持っているが、一方で殴られて怯えるという、虐げられる側に置いても映える。今回はフィジカルに痛めつけられることはないが、それでも贅沢な勝ち組と貧窮する負け組の両方のブランシェットを見ることができ、満足度は高い。 

  

ジャズミンの不貞の夫ハルに扮するのがアレック・ボールドウィン。最近MSNBCで トーク・ショウのホストも始め、キャピタル・ワンのクレジット・カードのコマーシャルのメイン・キャラクターである上、ほぼ定期的にパパラッチ相手の揉め 事でニューズ・ネタになるなど、目にする頻度は高い。下々の者同様に働き始めたジャズミンの美しさに思わずよろめいてしまう歯医者のフリッカーを演じているのは、「シリアス・マン (A Serious Man)」のマイケル・スタールバーグで、その後やはりジャズミンの美しさに参って結婚も考える外交官にはピーター・サーズガードが扮している。 

  

ジャズミンの妹ジンジャーに扮するのがサリー・ホウキンス。「夢と犯罪 (Cassandra’s Dream)」のちょっと気の弱そうなロンドンの下町娘もよかったが、ここでもわりとジャズミンからいいように扱われているのに、つい逆境のジャズミンを見捨てておけない、貧乏くじばかり引かされる女性がはまっている。ジンジャーの前夫オーギーに扮するのが「アントラージュ (Entourage)」のアンドリュウ・ダイス・クレイで、ジンジャーとオーギーの仲がこじれて別れたのは、二人が宝くじに当たって生まれて初めて手にした大金の運用をジャズミンと夫のハルが失敗したからだ。 

  

オーギーと別れた後のジンジャーのボーイフレンド、チリに扮しているのがボビー・カナヴァルで、この人もHBOの「ボードウォーク・エンパイア (Boardwalk Empire)」で見せた危ない役といい、ここでのダサいボーイフレンドといい、なかなか芸幅広い。そのチリに必ずしも満足していないジンジャーがついよろめいてしまう中年男アルを演じているのが、ルイス・C.K.。近年FXの「ルイ (Louie)」の評価が高く、エミー賞のコメディ部門の常連だ。等々、とにかく豪華な人材を惜しげもなく適材適所にばら撒いたという感じで、このストーリー展開や配役の妙には本当に感心する。 

 

アレンは一昨年の「ミッドナイト・イン・パリ (Midnight in Paris)」や「カメレオンマン (Zelig)」、「カイロの紫のバラ (The Purple Rose of Cairo)」のように、主人公がいきなり時と場所を飛び越えてしまう、SFでしかあり得ない話を平気で撮る。「メリンダとメリンダ (Melinda and Melinda)」だって、設定だけを見ると多重次元ものに他ならない。よく考えるとまるっきりあり得ない話なのだが、それなのに話に引き込まれてしまう。 

 

一方、「重罪と軽罪 (Crimes and Misdemeanors)」とか今回のような、リアルな設定のコメディもある。いずれにしても、やはりストーリーテラーとしての巧さは一級品だ。その上安易なハリウッド的なハッピーエンドにはしない。結局ジャズミンに対しても、安易に救いの手が差し伸べられるわけではない。見終えた後の印象は決してコメディではないのだが、むしろそのことが快感であるところが、いかにもアレンの作るコメディらしい。 

 









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ニューヨークの社交界に出入りするジャズミン (ケイト・ブランシェット) は、自分では何不自由のない満ち足りた生活を送っているものだとばかり思っていた。しかし一人息子のダニー (オールデン・エアエンライク) は家を出て行き、夫のハル (アレック・ボールドウィン) は浮気をしていたことが発覚する。しかも二回りも年下の娘に本気で入れ込んだハルは、ジャスミンと別れ話まで持ち出す始末。ぷっつん来たジャズミンはFBIにハルの違法行為を密告、ついでに無一文になったジャズミンは、サンフランシスコに住む、血は繋がってはいないとはいえたった一人の姉妹であるジンジャー (サリー・ホウキンス) の元に転がり込んでくる。しかし贅沢な暮らしに慣れ切っていたジャズミンには、ジンジャーの生活の逐一が貧乏なものに見えてしょうがない‥‥


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