Blood Work

ブラッド・ワーク  (2002年8月)

今週のニューヨークはかなり暑く、夜中でもエア・コンが必要な熱帯夜が何日も続いた。そのせいで今週から新規公開のサーフィン映画「ブルー・クラッシュ (Blue Crush)」にかなりそそられたし、ちょっとスカッとしたくて新しいアクション・スターのヴィン・ディーゼルが主演のアクション映画「トリプルX (XXX)」にも惹かれないこともなかったのだが、「スペースカウボーイ」以来のクリント・イーストウッドの新作「ブラッド・ワーク」を見に行くことにする。


「ブラッド・ワーク」はマイクル・コナリーの「わが心臓の痛み」の映像化である。FBIの花形プロファイラーのテリー・マッケイレブ (イーストウッド) は、ある犯罪を調査中、心臓発作に襲われ、心臓の移植手術を受けることで一命を取り留める。2年後、今ではFBIを引退し、まだ術後の経過を見ながら安静を余儀なくされているマッケイレブは、ハーバーに停めてある自分のヨットに寝泊まりして生活していた。そこへグラシエラ (ワンダ・デジーザス) と名乗る女性が現れ、殺された妹の調査を依頼する。既に引退してライセンスも持っていないマッケイレブは最初その話を断るが、その妹の心臓こそがマッケイレブに移植されていたという話を聞き、重い腰を上げる‥‥


当年とって72歳のクリント・イーストウッドが、またまたアクション映画に取り組んだ。77歳になるロバート・アルトマンや、82歳で新作を撮り続けているエリック・ロメールみたいな例もあるから、72歳はまだまだ若い方とも言えるのだが、しかし監督と主演を両方こなし、それがアクション映画であるイーストウッドの場合、やはりその体力に驚嘆してしまう。一応、役柄としては走ったら心臓発作を起こしたりするなど、年相応ではあったりするのだが、それでも主人公として、簡略ながらヒロインとのベッド・シーンまであったりする。あんたってば‥‥


冒頭、そのイーストウッドに心臓発作を起こさせる犯人追跡のシーンがあるのだが、しかし、イーストウッドって、若い頃から走るのはそれほどうまくない。と言うか、イーストウッドは元々走るのが速くなく、彼が走るシーンでは疾走感がまるでないために、なぜ彼がアクション・スターであるのか不思議になるくらいだ。この辺、実際に走るのが速かろうが遅かろうが、走り出した途端、スクリーンに躍動感が漲るトム・クルーズとはまるで別種のアクション・スターである。


そのイーストウッドに走ったせいで心臓発作を起こさせないといけないため、この追跡シーンはわりと長いシークエンスであるわけだが、イーストウッド、あんた、歳とっているのはわかるが、真面目に走ってんのかと言いたくなるほどとろい。困った、まさかこんな演出がこの後ずっと続くんじゃないだろうなと心配したくらいだ。その上、実際イーストウッドはもう走れなかったようで、このシークエンスの半分ほどは明らかにスタンド・インを使用している。よく見ると、スタンド・インが走っているシーンの方が、本物のイーストウッドより動きが素早いのがわかる。しかし、アクション・シーンにスタンド・インを用いるアクション・スターって、そんなのありか。


その上、100m走るのに40秒くらいはかかりそうなとろい追跡をしているのにもかかわらず、どう見ても若そうな犯人との差が広がっていかないのがまったく不思議だ。普通なら、どう考えても若い奴なら20秒もあればイーストウッドなんかぶっちぎれるだろう。しかし、まあ、しつこいくらいこの部分を描き込んだおかげで、その後イーストウッドが心臓発作を起こすところはわりと説得力がある。心臓をばくばくさせていかにも息絶え絶えなイーストウッドは、逆に実に本当っぽく、やっぱり歳をとったんだなあと思わせる。


その後、心臓の移植手術を受けたために激しい動きができなくなったという設定は、その後のイーストウッドのとろい動きに無理なく説明がつけられるため、今度は逆に説得力が増して、俄然よくなった。中盤、街角で犯人と思われる奴の乗った車に向かって歩きながら散弾銃をぶっ放すシーンなんて、「ダーティ・ハリー」で街角で片手でマグナムをぶっ放していたシーンを彷彿とさせ、ああ、やはりイーストウッドはアクション・スターなのだ、考えれば、彼は若き頃の「ダーティ・ハリー」ですら、走っても走っているように見えず、それなのに観客を緊張させていた。彼はスロウ・モーションでしか動けなくてもアクション・スターになることができることを証明した稀有の例なのだ、と、思わず感動してしまった。


それに演出家としてのイーストウッドは、やはりツボはしっかりと押さえており、どこをどうすればいいのかはきちりとわかっている。だからこそいざ本番となって自分が撮られる側になっても、既にどこをどう撮ればいいのかはスタッフに事前に納得させているから、自分がカメラの後ろ側にいなくても安心してあとはスタッフに任せられるのだ。また、最近のイーストウッドは、特にユーモアの絡ませ方がうまい。昔から実は落とし方などなかなかうまいところを見せていたが、「スペースカウボーイ」で何か開眼したような感がある。今回はスパニッシュ系のLAPDの刑事にその辺りを任せ、彼らをコミック・リリーフとして使うことで、うまく緩急を抑えている。70歳でさらにうまくなるイーストウッド。人間やっぱり死ぬまで向上心を忘れたらいかんなあと思うのであった。


作品の内容とはまったく関係ないところで気になるのが、最近、特に目にすることの多い「プロファイラー」という職業である。犯罪のやり口から犯人を特定し、犯人検挙に貢献したり、犯罪を未然に防ぐことを目的とするこの職業タイトルが巷に現れ始めたのは、いわゆるシリアル・キラーこと連続殺人犯が大挙して小説に登場し始めた頃からで、多分トマス・ハリス辺りの諸作でこの職業を初めて見たような気がする。いずれにしても、この職業は設定上、物語の主人公とするには実にうま味があり、以降サスペンス・スリラー系の小説や映画の主人公の職業として欠かせないものになった。モーガン・フリーマンの「スパイダー」等の「クロスもの」や、最近でもサンドラ・ブロックの「マーダー・バイ・ナンバース」等、この種のサスペンス/スリラーもので、主人公と犯人の追いつ追われつのイタチごっこが話の中心となるような作品では、もう、ほとんど必ずと言っていいほど主人公の職業はプロファイラーだったりする。


それともう一つ、うむ、これは、と思ったのが、イーストウッドを助けるヨット仲間のバディに扮するジェフ・ダニエルズがいつも飲んでいるビールがキリンの「一番搾り」であることで、ヨットの中にずらりと缶を並べている。ジャパニーズ・ビアのファンはニューヨークにも結構多く、うちの近くのスーパーでも一番搾りだけでなく、スーパードライ等が常時棚に並んでいる。おかげで日本のビールが懐かしくなった時もまったく困らない (しかしメイカーがどんなに同じ材料を使ってまったく同じ製造法でアメリカで作っているといっても、飲む場所が違うせいか、まったく同じ味には感じないが。) ところによっては、これまでは外国産ビールで最も知名度とステイタスのあったハイネケンよりも、一番搾りの方が珍重されているような感じもある。いずれにしても無茶苦茶いい宣伝になってるなあと思って、多分流行りのプロダクト・プレイスメントとして金を出しているのかな、終わりのクレジットでチェックしてみようと思って、忘れて、クレジットの途中で出てきてしまった。なぜだか、今ではそれが気になってしょうがない。ああ、キリンはイーストウッドの映画に金を出していたのだろうか。だとしたらいったいどういう経緯でキリンとイーストウッドに接点があったのか。ああ、気になる。







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