思わずにやりとしたのが、「Metastasis」という単語を用いたポスターで、オリジナルの「Breaking Bad」では、ウォルトが化学教師であったことから、タイトル内の「Br (Bromin: 臭素)」と「Ba (Barium: バリウム)」が強調され、そこに元素番号が添えられていた。「Metastasis」では、やはり同様にタイトル内の「Ta (tantalum: タンタル)」と「As (Arsenic: ヒ素)」が強調され、同じ効果を狙っている。もしかしたらこれをしたいがためにわざわざ「Metastasis」という単語を見つけてきたのかもしれない。それにしてもタンタルってなんだ? メスを作るのに必要とも思えんが。
さて、人気がまだまだ高かった「バッド」であるが、それでも確かにある意味、終わらざるを得なかった。ある種の悪漢映画がそうであるように、主人公ウォルトは破滅への道をひた走っており、遅かれ早かれ彼は破滅する運命にあった。作り手やネットワークがどう画策しようと、番組は終わらざるを得なかったと言える。その時、一般的視聴者からすると、ほとんど瓢箪から駒的な印象で現れたのが、「ベター・コール・ソウル」だ。
「バッド」にはウォルトを筆頭に、印象的なキャラクターは多い。むろん悪徳弁護士のソウル・グッドマンことジミー・マクギルもその一人だが、彼以外にも印象を残したキャラクターは多かった。ウォルトおよび準主人公的な存在を別にすると、個人的に私がソウルよりもよく覚えているのは、まずギャング王ガス、その片腕マイク、老いたティオ、粗暴なトゥコ、双子の殺し屋レオネル&マルコ兄弟等で、考えたら全員死んでるじゃないか。それにしても登場人物の死亡率が異様に高い番組だったんだなと、今になって思う。
個人的に「バッド」のベスト・エピソードを選ぶとしたら、身体の不自由なティオが、ウォルトがトゥコを毒殺しようとしていることに気づき、それをベルで教えようとするエピソードで、あの緊張感は本当に手に汗握った。結局サブ・キャラで生き残っているのはソウルくらいで、だからこそ彼を主人公にしたスピンオフができたと言える。むろん「バッド」の前日譚という話にしたら、死んだキャラクターでもいくらでも話は作れるだろうが、「バッド」以前と以降という話の方がさらに面白い話を作れそうなのは確かで、それもあってソウルが選ばれたに違いない。ということは、落魄したソウルの現在をちらと描いた「ベター・コール・ソウル」のプレミア・エピソードのオープニングは、つかみというだけでなく、今後の展開の伏線にもなっていると思うのだが。
それにしてもシナボンだ。番組のオープニングでは、今ではどこぞのモールで店員としてユニフォームを着てバイザーを被り、シナボンを売っているソウルをとらえる。シナボンはアメリカではよく知られているシナモン・ロールを販売するチェーン店で、特に空港ターミナルに必ずと言っていいほどある。最初は甘過ぎシナモン効き過ぎと思ったものだが、慣れるとこれが結構癖になる。マクドナルズに対応する裏ファスト・フードの筆頭と言える存在だと思う。そういう店で今ではソウルが過去の亡霊に怯えながら働いていることが、いかにも無常感を誘う。今でもいつギャングが自分を殺しにやってくるかもしれないと脅え、アルコールがないと夜寝られない。
そして今度は6年前に遡り、ソウルがなぜこの道に入ったかが描かれる。公選弁護士としてほとんど金にならない仕事ばかりを受けていたソウル/ジミーが、思い余って当たり屋を雇って依頼人を確保しようとしたところ、よりにもよってその相手はトゥコの母であり、脅しに行ったはずなのに逆にトゥコに監禁されるまでを描くのがプレミア・エピソードで、既にドツボにはまっているソウルの境遇は充分描かれている。なるほど、金になる仕事ならなんにでも手を出しただろうなと思わせる。どちらかというと、「バッド」ではコミック・リリーフ的な印象すら与えたソウルだが、彼自身を主人公にすると、まったくそんなことはない。どちらに転んでも人生は辛かった。