ベイツ・モーテル、もちろん、アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ (Psycho)」で、アンソニー・パーキンス演じる主人公ノーマン・ベイツが経営していたモーテルの名だ。「ベイツ・モーテル」は、いかにしてノーマン・ベイツがあのノーマン・ベイツとなり、モーテルを経営するようになったか、「サイコ」のそもそもの由来を明らかにする話だ。
それだけでも映画好きなら思わず食指を動かしてしまう題材だろう。さらに今回、ノーマンの若い頃を演じるのがフレディ・ハイモア、マザーを演じるのがヴェラ・ファーミガと聞くと、さらにそそられる。
そういえば最近、ハイモアを目にした記憶がない。というか、「チャーリーとチョコレート工場 (Charlie and the Chocolate Factory)」 以来どうなっていたか、さっぱり知らない。それがいきなり、いっぱしの思春期のティーンエイジャーだ。まあ大人の顔になって、しかも口を開くと声変わりまでしている。わりと低く響く声で、実際にパーキンスの声に似ているような気がする。その声で「マザー」なんて呼びかけると、いきなり気分は「サイコ」だ。 そうそう、ノーマンは「マム」ではなく、「マザー」と言うのだった。
その、マザーのノーマに扮するのが、ファーミガだ。元々神経症的な頽廃した色気を発散させるタイプであり、実に合っている。あのノーマ・ベイツが若い頃は、確かにこんな感じだったんじゃないかと思わせる。
話はどこぞの一軒家に住むベイツ家で、父がガレージで倒れてそのまま息を引きとるというシーンで幕を開ける。当然だがノーマンには父がいたはずだが、出てきたら死んでいたというのもなんかむごい。その死も、理由は明らかにされない。父の名前すらわからない。顔すらよく見えない。た だノーマンが、ダッドが死んじゃったと言うだけなのだ。ノーマの反応を見ると、夫が死んで苦悩しているというより、むしろほっとしているように見える。父 はもしかして不治の病に侵されていたのかもしれない。あるいは、妻と子を虐待していたのかもしれない。ノーマがなんらかの策を弄して事故に見せかけて殺した可能性もある。もしかしたらこの死の真相もおいおい明らかになっていくのかもしれない。
6か月後、ノーマとノーマンは人生をやり直すために新しい町にやって来る。ノーマは売りに出されていたモーテルを購入、そこでノーマン共々心機一転してモーテル経営を始めようという計画だ。翌日からノーマンは新しい高校に通う。ノーマンがバス停でバスを待っていると、同じ学校に通う女子生徒のグループが目ざとくノーマンを見つけ、さっそくちょっかいをかけ始める。そこにたぶんクルマを買ってもらったばかりのクラスメイトの女の子が通りかかり、ノーマンもクルマに乗せられる。
と、そこでノーマンが手にしているものを見て、思わず私はあっと声を上げそうになった。なんか、ラジオを聴いているようだとばかり思っていたノーマンが持って いたのは、昔の旧型のポケット・ラジオではなく、なんとスマートフォンだ。これでノーマンは音楽を聴いていたのだ。つまりこれは、「サイコ」のそもそもの発端を描く1940-50年代が舞台なのではなく、今が舞台の新しい「サイコ」の誕生なのだった。
しかしそれまでは、家も設備も着ているものも髪型も風景までが古くさく、私は舞台は前世紀半ばと信じてまったく疑っていなかった。新しい町に越してきた時に海沿いの道路を走るノーマが運転していたクルマは、かなり旧型の、今ではまずお目にかかれない箱型のメルセデスであり、そのルーフにスーツ・ケースをくくりつけている。そして着いた先が、旧態依然のあのモーテルなのだ。これで時代が現代だとは到底思わない。
当然これは意図的な演出だろうが、ファッションに敏感な者は、最初にノーマンにちょっかいをかける女子生徒が出てきた時点で、舞台は現代だと確信できただろ う。その一瞬後にはコンバーティブルのクルマに乗った女の子も現れる。これだってクルマ好きなら一目で今のクルマだとわかる。そして女の子共々クルマに乗り込んだノーマンのスマートフォンを、その中の一人ブラッドリーがひったくるとすぐさまそれで自分の写真を撮り、ぱぱぱっと電話番号 (E-メイル・アドレス?) を打ち込むと、ノーマンに返してなにかあったら連絡するように告げる。そして去っていくクルマのエンブレムを見ると、BMWだ。一瞬で時代が50年以上進んだような錯覚を覚える。なかなかあっと言わせる演出だ。ちょっとM. ナイト・シャマランの「ヴィレッジ (The Village)」を思い出す。
ノーマはその後、自分のものだったモーテルの奪還に固執する男にレイブされ、ノーマンによって助け出されるものの、怒りに任せて男を刺し殺してしまう。警察に届け出ようとするノーマンを、ノーマは止める。レイブと人殺しのあったモーテルに将来はない、黙っている方が得策だ。新しい町に越してきて僅か数日で人に言えない秘密を抱え込んだノーマとノーマン。しかもその秘密は将来に渡ってノーマがノーマンをさらにがんじがらめに操ることに貢献するだろう。哀れなノーマン。
蛇足だが、モーテルに男が現れた時、私は彼がヴィンセント・ドノフリオだと信じて疑っていなかった。NBCの「ロウ&オーダー: クリミナル・インテント (Law & Order: Criminal Intent)」で名探偵だったドノフリオだが、こういう泥臭い役もはまる。それで一応念のために後でクレジットをチェックしたらドノフリオではなく、まったく別人だった。念を入れて確認してよかった。さもなければ今でもドノフリオと信じていたままだったろう。
さて、さらにどうやら町の者も、なにやら胡散臭い者たちが揃っている。ノーマンの学校の担任となるミス・ワトソンはなんかやばそうな雰囲気を発散しているし、ベイツ・モーテルを訪れる町のシェリフの一人ロメロは、ABCの「ロスト (Lost)」で、不死の力を手に入れようとしていたネスター・カーボネルだ。こりゃベイツ家だけではなく、町ぐるみでなんか危なそうだ。やはりノーマンはこのままノーマの呪縛から逃れられず、今回も「サイコ」になってしまうしかないのだろうか。それともあるいはなんらかの救済があるのか。