Bad Education (La Mala Educacion)   バッド・エデュケーション  (2004年12月)

1970年代スペイン、今では映画監督となったエンリケ (フェレ・マルチネス) の元を、旧友のイグナシオ (ガエル・ガルシア・ベルナル) が尋ねてくる。芽の出ない俳優のイグナシオは、二人の経験を基にした脚本を持参していた。フランコ政権下時代に全寮制のカソリック教育を受けた二人、特にイグナシオは、司祭から性的ないたずらを受けていたが、そういう経験を盛り込んだイグナシオの脚本はエンリケの創造意欲を刺激し、二人は自伝的な作品の撮影にとりかかる‥‥


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今や既に世界の巨匠の仲間入りを果たした感のあるペドロ・アルモドヴァルの新作は、近年、たぶん世界中、少なくともアメリカではカソリックを中心に、教会の屋台骨を揺るがせかねない大スキャンダルへと発展した、聖職者による年少者への性的いたずら、虐待が与えた影響を描く。こう書くと、なにやら重いテーマの社会派作品という印象を受けるが、そこはアルモドヴァル、間違ってもそういう、声高になにやら胡散臭いスローガンを叫ぶような作品にはならない。マイケル・ムーアなどとは器が違うのだ。 


作品は、聖職者に性的ないたずらをされた少年がその後どういう経緯を経てどう変わり、周りの人間にどういう影響を与えたかを描くのだが、アルモドヴァルがその事件を弾劾しようという気などさらさらないのはまったく明らかだ。あくまでも一つの事件はその後に起こったことを媒介する事件としてだけ存在し、その善悪の判断にはさらさら興味がないのは、これまでのアルモドヴァルの諸作品を見ても明らかであり、それは今回も例外ではない。


しかしこの人、こういう事件でも社会的な善悪や刑罰にこれだけ無分別なところを見ると、逆にやばいんではという気もしないではない。「バッド・エデュケーション」では、アルモドヴァルはむしろ自分がそういう少年の立場であったらどんなによかったろうと夢想していた気配すら感じられる。イグナシオの少年時代と自分の少年時代が重なる時代設定といい、今回はアルモドヴァルその人が今までで最も前面に出てきているような印象を受ける。イグナシオ=アルモドヴァルというよりも、映画作家のエンリケも合わせた、イグナシオ+エンリケ=アルモドヴァルという気配が濃厚だ。


「バッド・エデュケーション」がアルモドヴァルの個人的フィルムに近いと思わせるのは、基本的に作品中に本当の女性がほとんど出てこないことが最も大きい。これまでのアルモドヴァル作品もその気はあったが、今回はほとんどそれが徹底している。主要な女性はすべて男性が演じており、本当の女性で重要な役は、中盤に出てくるイグナシオの、もうほとんど性を感じさせない老齢の母と、あとは作品中に現れるクラシック映画の中という非現実の世界くらいで、そのため、後半になって映画撮影中に、ADっぽい若い女性がスクリーン上に現れた時は、思わずはっとしたくらいだ。それくらい徹底的にスクリーン上からは女性の姿が排除されている。 アルモドヴァルの理想郷には、きっと女性は住んでないに違いない。というか、女性も男性が演じているんだろう。


一方、中心となる舞台設定が70年代で、イグナシオ、エンリケの子供時代、成長期、さらに作品内で描かれる映画の中でベルナルが演じるイグナシオが交錯し、ともすれば時間軸で混乱しそうになるが、それが収斂し、ちゃんと作品として一つの結末を迎えるという構成を見ていると、アルモドヴァルって、本当に円熟期を迎えているんだなあという気がする。作品に余裕というか、風格が出てきたようだ。「トーク・トゥ・ハー」までは、まだ作品全体としてのまとまりを崩してよりも自分が言いたいことを優先する気配が濃厚で、どちらかというとそういうアルモドヴァルも捨てがたいというか、私個人の嗜好から言うとそちらの方が好きだったりするのだが、「バッド・エデュケーション」は、自分の言いたいことを述べた上に、さらに作品としての完成度も高い。近年、スペイン語圏の作品がかなり注目度が高かったりするが、アルモドヴァルがその筆頭であるのは間違いないだろう。


その最近の主要なスペイン語圏作品のほとんどに出ているような気すらするベルナルは、もはや誰が見てもハヴィエル・バルデムと共に英語圏外で最も評価の高い俳優の一人だろう。「天国の口、終りの楽園」で共演したディエゴ・ルナがその後ハリウッドに進出して伸び悩んでいるのを尻目に、露出度で言うならば圧倒的に不利なスペイン語映画界に留まっているベルナルの方が注目されるようになってしまった。こないだTVを見ていたら、アメリカのメディアからのインタヴュウで流暢に英語をしゃべって受け答えしていたから、確信犯的にスペイン語圏に留まっているようだが、今後の動向が最も注目される俳優の一人である。その他の俳優陣はいつもながらのアルモドヴァル組の俳優で占められているが、私がアルモドヴァル作品で最も好きな「トーク・トゥ・ハー」で主演していたハヴィエル・カマラが、イグナシオの相棒という崩れたオカマ役で出ていた。いずれにしてもオカマ役ができなければアルモドヴァル作品には出れないんだなと思ったのであった。






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