Ash Is Purest White


帰れない二人  (2019年3月)

正直に告白すると、今では中国を代表する映画作家の一人であるジャ・ジャンクー作品を、これまでTVで「世界 (The World)」しか見たことがない。北京郊外で世界の観光名所を再現する「世界」は視覚的な印象が強烈で、今でも非常によくそのイメージを覚えているが、それ以外の作品を見ていないことに、内心忸怩たるものを感じていた。 

 

というわけでやっとジャンクー2作目となった「帰れない二人」、邦題は実は内容をわりとよく表しているが、しかし英題の「アッシュ・イズ・ピュアリスト・ホワイト」の方が、単純にいいタイトルだと思う。 これは映画の前半部で、山間の場所でジョアがビンに、高温で焼いた灰はピュアだと言う、いかにも鉱山町らしいセリフから来ている。 

 

それではと思って、オリジナルの中国語タイトル「江湖儿女」の意味を調べてみたら、暗黒街の男女を意味する由。要するに「帰れない二人」というのはオリジナル・タイトルに近いようだ。因みに私の世代では、「帰れない二人」というと、井上陽水の「氷の世界」所収の同名曲を連想してしまう。邦題をつけた者がこの曲を意識していたのかどうかと考えて、ふと映画の中でヴィレッジ・ピープルの「YMCA」が流れていたことを思い出す。「YMCA」は1978年の世界的ヒット・ソングであり、「氷の世界」は1973年発売だ。近くないこともないが、二つを結びつけるのは無理があるような気もする。 

 

一方で、映画で「YMCA」が流れるのは既に21世紀の世界だ。中国山西省の寒村では時代の流行が入ってくるのは遅いようで、どうやら人々の最先端の遊びはローラースケートで、後ろに流れる音楽が「YMCA」と「チャ・チャ・チャ」だ。21世紀にもなって人々が一斉に同じ振りでYMCAの曲に合わせて腕を振り回す。今現在の私たちから見ると、懐かしさ半分恥ずかしさ半分といったところだ。それにしてもローラースケート・リンクってなんであんなに恥ずかしいんだろう、それに「YMCA」が加わると、恥ずかしさが倍増する。 

 

この恥ずかしさを克服できないと、現代ではギャングは生き残れない。ギャングは時代に逆行、抵抗することで生存する理由を獲得する。もしかしたら純愛もそうかもしれない。しかしやはりギャングは時代にとり残される運命にあり、ビンもジャオもその時代の流れには抗えない。 

 

個人的には昔の山間の村でのジャオとビンの生活を描く前半部より、刑務所に入れられたジャオが出所して、行方をくらませたビンを探し求める後半部の方が印象に残った。よく知らない中国内陸部の景色や世界を見せてくれ、ある意味ロード・ムーヴィ的な面白さを提供することもそうなら、ビンを探すジャオの機転を利かす行動が、こう言ってはなんだが実に楽しい。 

 

ジャオは長江を船に乗って遡り、ビンのいるという土地を目指す。そこでしばらくの刑務所暮らしから民間で生き抜くカンが鈍ったか、虎の子の金や身分証明書等を盗まれてしまう。金のないジャオは、赤の他人の結婚式に近親者の振りをして参列してご馳走を食べたり、別の高級レストランでは、部屋を借り切って結婚お披露目パーティをしている場所で新郎と目される男に、いきなりあんたは私の妹を妊娠させたでしょと詰め寄り、まんまと金をせしめる。あり得なさそうでありそうな話にも思える。 

 

ビンが働いているといる原発工事現場近くで、近くまでジャオを乗せていったバイクのドライヴァーから誘われると、誘いに乗った振りしてバイクを奪い、警察に駆け込んでレイプされそうになったと報告、その伝手でやっとビンに会うことに成功する。とにかく展開が面白くて目が離せない。 

 

また、イメージとしては、特に話の流れに貢献しているわけではないが、列車で出会ったUFOウォッチャーの誘いに応じてさらに中国の最深部を目指して移動した先で、UFOの大群に遭遇するという、実はこれはSFだったの? という展開には、唖然とさせられると共に、なにやら胸の奥をざわざわさせられる。しかし今のジャオにとっては重要なのは地球外生命体の目撃ではなく、どうやって今を生きていくかであり、明日のご飯を手に入れる算段であり、ビンの気持ちなのだ。あるいは降り注ぐUFOからの光が、なんらかの光明をもたらしたのだろうか。しかし地に足をつけて立ち、常に前か足元を見ているジャオには、天空からの光は目に入らないようだ。 












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2001年中国。山西省の小さな鉱山村を仕切るビン (リャオ・ファン) には、愛人のジャオ (チャオ・タオ) がいた。こんな山間の小さな村にも近代化の波は押し寄せてきており、一方で時間と鬱屈を持て余す若い世代は、ビンたちが鬱陶しくてしょうがない。ある時町中で乱闘となった若者たちとビンを止めようとジャオは銃を発砲、結果として刑務所に入れられる。ビンは服役中のジャオに一度も面会に来なかっただけでなく、5年後、出所したジャオにも会おうとしない。ジャオはビンと連絡をとろうとするが、ビンの行方について誰もが口を濁す‥‥ 


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