Angels & Demons


天使と悪魔  (2009年5月)

フランスの原子加速施設CERNから、抽出に成功した反物質が盗まれる。これを悪用すれば世界が破滅する可能性があった。一方ローマ法王が死亡した後、ヴァチカンでは次の法王を決めるための教皇会議がもたれたが、意見はまとまらず、さらに4人の法王候補者が誘拐され、一人一人殺される。過去、教会から迫害を受け、秘密組織化した暗殺者集団イルミナティが復讐の機会を窺っていたのだ。ハーヴァードのロバート・ラングトン (トム・ハンクス) が召還され、殺された科学者の娘ヴィットリア (アイエレット・ゾラー) と共に事態の究明に当たる。さらに前法王に仕えていたカメルレンゴ (ユワン・マグレガー) は、法王が毒殺された可能性を示唆するのだった‥‥。


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ダン・ブラウン原作の「天使と悪魔」は、書かれた順では「ダ・ヴィンチ・コード (The Da Vinci Code)」の前に当たる。しかもどこからか情報を仕入れてきた私の女房によると、こちらの方が面白いらしい。評価が高いというよりも、より楽しめる内容という評価が定着しているのだそうだ。


実は「ダ・ヴィンチ・コード」では、楽しみはしたものの、ではその内容を完璧に理解したかというと首を縦に振ることができなかったことに内心忸怩たるものを感じていたのだが、それと較べるとこちらの方が内容を把握しやすいらしい。それなら安心して見に行ってよさそうだ。


とはいえ「天使と悪魔」は、やはり「ダ・ヴィンチ・コード」同様、ほとんど奇想天外と言える内容になっている。まず冒頭、フランスの原子加速施設CERNから、反物質が盗まれる。その反物質は取り扱いに細心の注意を有する物質で、これがあれば、それこそ世界を破壊することが可能な力があるらしい。


もうそこで、かなり話は眉唾だ。私は物理学の世界では門外漢だが、それでも反物質が核兵器に用いられるウランとでもいうような、単純にそれがあれば強力兵器が開発できるとでもいう物質とは話の次元が違うことくらいは理解できる。だいたい、反物質って目に見えるものなのか。分離に成功した反物質がカプセルに入れられて光を発しているなんて描写が既に、かつてのSF色を絡めた007の世界だ。「ダイヤモンドは永遠に」を見ているんじゃないんだからさ、みたいな気にさせる。なんか、これに較べたらウランを盗んで独力で原子爆弾作った「太陽を盗んだ男」のジュリーが、やけにリアリティあったように思えてくる。


一方で実在機関のCERNを絡めるいかにも現在的な話の作り方には感心しもする。わりと最近、CERNの新しい加速器の運転開始に関する記事が新聞に載っていたのを読んだばかりなのだが、地下に建設されたその加速器ハドロン・コライダーは全長27kmにもなり、理論的にはブラック・ホールを作り出すことが可能で、そのため世界が滅亡することを怖れた各種団体や人々が、その運転に強硬に反対しているのだそうだ。その神をも怖れぬ行為に宗教やヴァチカンを絡めるという視点が、いかにも機を見るに敏なハリウッド映画らしい。原作もそうなっているのだろうか。


「天使と悪魔」では、イルミナティと呼ばれるかつてヴァチカンから迫害を受けたことのある一派が、アンダーグラウンド化して復讐の機会を窺っており、ローマ法王の死を契機に、機は熟したとばかりにその反物質を盗み出し、ヴァチカンに報復を開始する。イルミナティは次の法王候補者を誘拐して一人一人殺害し始めたのだ。それだけでなく、法王の死自体にも疑問点があり、毒を盛られた可能性があった。イルミナティの手は内部にまでおよんでいたのだ‥‥


いや、もう、時が時ならそれこそ ヴァチカンなら発禁処分、弾劾されていたのは確実な内容で、ローマで許可を得て撮影していたのにもかかわらず、あまり好意的な協力は得られなかったとぼやく監督のロン・ハワードのインタヴュウをどこかで読んだが、カトリックの人間なら、やはりあんまりいい気持ちじゃなかろうと思えてくる。自分の信じている教会の内部で陰謀が渦巻き、法王はよりにもよって内部の裏切り者の仕業で毒殺され、さらに次期法王候補も次々と殺されていくんじゃ、信者の立つ瀬がない。それでも、前回「ダ・ヴィンチ・コード」が公開された時のように公開に反対するデモや運動が起きたという話は聞かないところを見ると、やはり人は慣れるんだろう。


話の信憑性はさておき、実際の話、今回は「ダ・ヴィンチ・コード」に較べれば話はわかりやすい。とはいってもその理屈付けをどこまで理解できたかは心もとないが、それでも今回は言わんとするところはわかった。「ダ・ヴィンチ・コード」の時は、なぜそうなるかという根本のところに理解がおよばない部分があったから、楽しんだというよりも狐につままれた気分の方が大きかったりしたが、少なくとも今回はその点では楽しめるハリウッド・アクション映画になっている。むろんだからこそ批評家からはあまり誉められていないわけだが。実際、反物質を盗んでそれを利用して脅迫するなんて展開をジョークじゃなく真面目に撮られたりしたら、批評家の立場としたら誉めるわけにはいかないだろう。


一方、そういう現実味を無視すると、それはそれで面白いのは確かだ。ユーモアの有無を別にすると、意外にもかなりショーン・コネリー時代の007に共通するホラ話的な面白さが充満している。特に後半、ユワン・マグレガー演じるカメルレンゴが反物質を載せたヘリコプタと共に空中高く舞い上がり、爆発するヘリから脱出、なんてシーンは、それこそ007がやりそうな展開だ。僧服を着た秘密エージェントがパラシュートで降りてくるなんてシーンがいかにもありそうな気がする。僧服を脱ぐと、下からはスーツを着込んだエージェントが現れてきそうだ。マグレガーならやりそうな気がする。あるいはマグレガー繋がりで、「スター・ウォーズ」みたいと言えるかもしれない。要するに「天使と悪魔」は、本来意図したところよりもSF的な意外性で楽しませてくれる。


実は場内にはまだ年端も行かない子供を連れた家族が結構見にきていた。「ダ・ヴィンチ・コード」の時もそれで驚いたのだが、わりと信仰心に厚そうなカトリックの信者が家族連れで映画を見にきていたりする。エンタテインメントというよりも、信仰を理解する、深めるための一助にするためという感じなのだ。さすがに今回は「ダ・ヴィンチ・コード」の時ほど場内がシリアスな信仰心で満たされるという感じはなかったが、それでも、どう見てもティーンエイジャーにすらなっていない子供が理解したり楽しめる作品じゃなかろう。子供にも見せるという名分はあっても、 本当は親が自分が見たかったのだと思う。それで自分たちの信仰心を強くするというよりも、これだけ奇想天外だとフィクションとして楽しめたんじゃないだろうか。


主演のトム・ハンクスは先頃、コナン・オブライエンが新ホストになって始まったばかりのNBCの深夜トーク・ショウ「トゥナイト」の2日目のゲストとして出演していた。栄えある番組第1回のゲストはウィル・フェレルにその栄光の座を奪われたことを根に持って、最初のゲストじゃないしな、なんてごねていた。フェレルも主演した映画「ランド・オブ・ロスト」が公開されるので、ハンクス同様映画のプロモーションの意味もあったのだろう。


ハンクスはその時、「天使と悪魔」の撮影裏話を面白おかしく述べていたが、ハワードはかなりの完璧主義なのだそうだ。常に観光客が絶えないローマでの撮影のこととて、日中撮影以外はかなり深夜まで撮影がおよんだそうだが、それでもなかなかOKを出さない。そのためスタッフはかなりへろへろになって、現地人エキストラやスタッフはイタリア人特有のアーム・ジェスチャーを交えて苦情を述べていたそうだが、それを真似するハンクスが笑えた。


かつてマーティン・スコセッシが「ギャング・オブ・ニューヨーク」を撮った時、あれはイタリアのチネチッタ・スタジオで撮ったためエキストラの大半をイタリア人が占めているのだが、何かさせようとすると、とたんに大仰な身振り手振りとなってしまう。それはまずいということで、エキストラにはアーム・ジェスチャー禁止令が出されたのだが、その途端、エキストラが固まってしまい動けなくなってしまったという話を、その時はホストがジェイ・レノの「トゥナイト」でジョン・C・ライリーが面白おかしく真似していたのを思い出した。


たぶん、そういうよけいなジェスチャーが最も禁じられているというか、不必要なものであろうヴァチカンの奥まった密室の中で、イタリア人エキストラとアメリカ人演出家やスタッフが身振り手振りで意志疎通を図っているところを想像すると、無性におかしい。ワールド・カップ・サッカーで、イタリア・チームにアーム・ジェスチャーを禁じたら、彼らは一次リーグ敗戦は免れ得ないだろうな、なんて思いながら、私はハンクスとオブライエンのトークを見ていたのだった。








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