American Made


バリー・シール/アメリカをはめた男  (2017年10月)

こないだTVのニューズを見ていたら、トム・クルーズが「ミッション・インポッシブル (Mission Impossible)」新作を撮影中に、ビルの屋上から隣りのビルの屋上に跳び移るというスタントに失敗して胸を強く打ってあばらを折り、撮影が中止になったと報道していた。 

  

製作が発表になった新「トップ・ガン (Top Gun)」より先に「ミッション・インポッシブル」があったか。それはそれで異論はないが、しかしクルーズ、まだまだスタントは自分でこなす。実際、クルーズのアクションがいいのは、危険なショットでもスタント・ダブルを使わず自分でアクションをこなすからだが、その辺は自分でもちゃんとわかっている。 

  

そのクルーズが、4、5mの距離のジャンプのスタントに失敗してしまった。ちゃんとセイフティのハーネスは着用しており、失敗しても地上に落ちることはなかったが、飛距離が足りなくて屋上の縁りにあばらを打ちつけるなんてことは想定していなかった。しかもその失敗したシーンが電波に乗って世界中に拡散してしまった。本人も悔しいだろう。早く怪我を治してまた現場に復帰してもらいたいが、やはりクルーズも着実に歳とってんだな。 

  

さて「バリー・シール」は、1970年代に民間航空会社のパイロットからCIAにリクルートされて、偵察飛行のパイロット、国家間の密書伝令係、銃器密輸、ヒューマン・トラフィッキング、果てはドラッグの運び屋という、国際的お尋ね者になった男を描く話だ。なんと実話だ。 

  

冷戦時代、国交のないキューバ、および中南米は、情報収集という点では手薄だ。ソ連や中東、中国という大国や敵国に目が向かいがちだから、これはしょうがない。一方でドラッグの多くは中南米経由でアメリカに密輸されており、この辺の情報収集をないがしろにするわけにもいかない。とはいえ優秀なエージェントを中南米に派遣する余裕もない。 

  

というわけで、その辺りに土地勘のある、スパイ活動に興味を示しそうな男が、民間からリクルートされる。そういうのって本当にあるのかという気もするが、考えたらCIAのエージェントだって、生まれた時からスパイだったわけではない。誰もがある時、自ら志したにせよリクルートされたにせよ、あるきっかけからスパイになる。 

  

「バリー・シール」の主人公バリーは、元々民間の航空会社のパイロットだが、所詮は企業の言いなりでしかないお抱えパイロットという仕事に飽き飽きしていた。そこに接触してきたのがCIAのモンティで、バリーは中南米の空軍基地の空撮というアルバイトの話に乗る。 

  

時には銃撃をかいくぐってのバリーの仕事はある意味派手で、彼の存在を知ったコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルもバリーに接触してくる。仕事、というよりも半ば脅しで、バリーはエスコバルが持ちかけてきたドラッグの密輸も引き受けるようになる。半ば強制的に引き受けを迫られた仕事とはいえ、実入りはべらぼうによく、バリーはたちまちのうちに巨万の富を得る。バリーは仲間を集めてビジネスとしてドラッグ密輸を行い始める‥‥ 

  

こういう、犯罪者という立場の主人公を描く作品は、結構ある。その場合、どれだけ主人公に感情移入させることができるかが作品の成否を分けるが、「バリー・シール」はある程度それに成功していると言える。 

  

アメリカではドラッグ・ディーラーは近年、株を下げている、というか、本気で嫌われ始めている。マリファナは合法化される一方、非合法のコカインやその他のハード・ドラッグ、および処方ドラッグの蔓延が、全国的問題になってきているからだ。同様に銃器による大量殺人事件も増えており、ドラッグ・ディーラー、闇の武器商人は、一般的には完全に民衆の敵だ。 

  

そういう時期に、中南米からコカインを密輸し、銃器を持ち出し、ヒューマン・トラフィックに精を出し、違法の金をたんまり溜め込んで私腹を肥やしたバリー・シールの話には、はっきり言って一般人が共感を覚える余地なぞまったくない。彼が金を儲ければ儲けるほど、確実に不幸になる者は増える。 

  

しかし映画ではそれが痛快に思えるのは、単純にその末端で、バリーがもたらしたドラッグや銃器によって不幸になった者が描かれず、見えないからに他ならない。一方でバリーの機転によって右往左往させられる政府やギャングの描写は、民衆の立場から見ると喝采を上げるに足る。そのため、バリーが我々の鬱憤を晴らすヒーローに見える。 

 

この映画が公開されてからたった一と月の間に、ラスヴェガスで史上最大の銃の乱射事件が起き、ニューヨークで単身テロによるトラックの暴走が起き、テキサスの教会でやはり銃乱射で多くの者が犠牲になった。「バリー・シール」がもし今公開されていたら、かなりくさされていたような気がする。というか、公開延期になった可能性すらある。一と月で民衆の間に漂う空気は変わる。前回「キングスマン: ゴールデン・サークル (Kingsman: The Golden Circle)」を見た時、今時のスパイの描き方はこんなんかなと違和感を感じたが、それよりもバリーが体現しているようなアンチ・ヒーローものは、今後さらに描写に細心の注意が必要になるだろう。


また、一つ気になったのが1970年代アメリカ内陸部を舞台にしていて、この展開なら絶対流れていたはずのジョン・デンヴァーの「カントリー・ロード (Country Roads)」がバックに流れなかったことだ。今年 「エイリアン・コヴェナント (Alien: Covenant)」「ローガン・ラッキー (Logan Lucky)」「キングスマン: ゴールデン・サークル (Kingsman: The Golden Circle)」と来て、トリは実際にその歌が歌われた時と場所を舞台にしている「バリー・シール」こそ相応しかったと思うのだが、そうじゃなかった。ちょっと残念。










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1970年代、バリー (トム・クルーズ) は民間航空のパイロットだが、生来のいたずら、冒険好きのために、時間割り通りに働く仕事に飽き飽きしていた。そこにCIAのモンティ・シェイファー (ドーナル・グリーソン) が接触してくる。モンティはバリーに南米に行ったついでに、上空を飛んで空から空軍基地等の写真を撮って来るよう依頼する。最初は上空から写真を撮るだけだったものが、やがてパナマのノリエガ将軍への伝令役も務めるようになり、ニカラグアにも足を伸ばし、そして自由自在に国境を越えて行き来するバリーの行動に目をつけたコロンビアのメデリン・カルテルの麻薬王パブロ・エスコバルが、ドラッグの密輸入の話を持ちかけてくる。実入りはよく、バリーは瞬く間に巨万の富を得る。仲間を集め、ドラッグの密輸入を一大ビジネスに拡大するバリーだったが‥‥ 


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