アメリカTV界の今年の印象を決定づけた重要なポイントを振り返る。




6. 「E.R.」最終回と新医療ドラマ花盛り


いつの時代にも必ずいくつか編成されているドラマのジャンルがある。医療ドラマと刑事ドラマだ。医療ドラマが人間の生と死を扱い、刑事ドラマは犯罪とアクションを扱う。要するにどちらもドラマの王道だ。だから飽きられないし廃れない。手を変え品を変え登場してくる。かつて手塚治虫が「ブラック・ジャック」を描いていた時に、人間の生と死に関する医療を描く話は無限にあるというような趣旨のことを言っていた記憶があるが、まさしく医療ドラマは今後も廃れることはないだろう。


実際、これまでの医療ドラマを代表するNBCの「ER」が今年最終回を迎えたが、FOXの「ハウス (House)」とABCの「グレイズ・アナトミー (Grey’s Anatomy)」が既にそれに代わる人気医療番組として確立しており、さらに新しい医療ドラマも今年続々と登場した。


FOXの「メンタル (Mental)」、NBCの「ザ・リスナー (The Listener)」、「トラウマ (Trauma)」、「マーシー (Mercy)」、TNTの「ロイヤル・ペインズ (Royal Pains)」、「ホーソーン (HowthoRNe)」、ショウタイムの「ナース・ジャッキー (Nurse Jackie)」、CBSの「スリー・リヴァース (Three Rivers)」なんて医療番組が雨後の竹の子のように後から後からうじゃうじゃと湧いて出てくるのを見ると、手塚の言ったことは本当にその通りだと思う。


ただしこの中でも既に「メンタル」、「ザ・リスナー」、「スリー・リヴァース」はキャンセル済みだ。「トラウマ」は、非公式ではあるが一時NBC関係者からキャンセルが発表されたにもかかわらず、復活してきた。一方で「ロイヤル・ペインズ」の人気は非常に高いし、「ナース・ジャッキー」主演のイーディ・ファルコが来年のエミー賞にノミネートされるのはまず確実だと思う。等々番組によってでき不出来成功不成功は異なるが、一つ番組が失敗しても必ず次の番組が出てくる。果たして次「ハウス」や「グレイズ・アナトミー」の列に連なる人気番組になるのはどれか。




7. サヴァイヴァル番組の勃興


もちろんCBSの「サバイバー (Survivor)」以降、同系統のリアリティ・ショウはほとんど常時製作放送されていた。ディスカバリーの「マンvsワイルド (Man vs Wild)」みたいな番組もあるし、ヒストリーの「アイスロード・トラッカーズ (Ice Road Truckers)」のようなきつい仕事系の極限挑戦番組もある。


しかし今年編成されたこの種の番組の傾向は、それらを勝ち抜きのリアリティ・ショウとして製作したり、参加者がきつい仕事に挑む様をとらえたりするのではなく、もっとシンプルかつ直接に、単純に人間がどこまでサヴァイヴァルできるかという点だけに焦点を当て、それを確かめようとしている点にある。従って、そのほとんどは勝ち抜きではない。出演者は単独というのもある。エンタテインメント性に重点を置くリアリティ・ショウというよりも、ドキュメンタリーという感触の方が濃厚なのが特色だ。


ディスカバリーの「アウト・オブ・ザ・ワイルド: アラスカ・エキスペリメント (Out of the Wild: Alaska Experiment)」は、アラスカで参加者をサヴァイヴァルさせ、ヒストリーの「エキスペディション・アフリカ: スタンリー&リヴィングストン (Expedition Africa: Stanley & Livingstone)」はスタンリーとリヴィングストンのアフリカ行を再現し、カートゥーンの「サヴァイヴ・ディス (Survive This)」は子供たちにサヴァイヴァル体験をさせる。ディスカバリーの「ザ・コロニー (The Colony)」は、地球が壊滅的打撃を受けたという設定の下でのサヴァイヴァルの強制で、ナショナル・ジオグラフィックの「アローン・イン・ザ・ワイルド: キャナイ・サヴァイヴ? (Alone in the Wild: Can I Survive?)」では本当にアラスカに一人で置き去りにされた主人公が、いつクマに襲われるかわからないと本気で怖がって夜眠れず憔悴し、ホラー映画並みの怖さを提供していた。


どうやらかなりのTV局が、人類が滅亡に近い打撃を受けるのは避けられないと思っているらしい。あるいは、もしかしたら「グリズリー・マン (Grizzly Man)」や「イントゥ・ザ・ワイルド (Into the Wild)」といった映画の影響かもしれない。いずれにしても、サヴァイヴァルは余興というよりなにやら現実味を帯びてきた。




8. チャールズ・ギブソンの引退、およびABC報道/ヴァラエティ番組のアンカー/ホスト交代


チャールズ・ギブソンがABCの朝のニューズ/ヴァラエティ「グッド・モーニング・アメリカ (Good Morning America: GMA)」から担ぎ出されて夕方の「ワールド・ニューズ (World News)」アンカーに就任したのは、まだほとんど数か月前くらいでしかないような気がする。要するに米ニューズ界の激震で色んなことが一気に起こったせいで印象も強烈で色褪せていないため、まだ強く記憶に残っているからだ。ギブソンが「ワールド・ニューズ」担当になってからもう3年も経っているとは思ってもいなかった。


ギブソンは、たぶん3年経ったら辞めると最初から決めていたんだろう、どう見てもまだまだやれる、むしろこれからがあんたの時代という時にリタイアの発表があった。同時に後任人事は元「GMA」同僚のダイアン・ソウヤーという発表もあったが、そのソウヤーが辞めた後の「GMA」ホストに決まったジョージ・ステファノポロスが最終的に決まるまでは時間がかかり、さらにステファノポロスが辞めた後の報道番組「ディス・ウィーク (This Week)」アンカーはまだ決まっていないなど、多少のごたごたはまだ続いている。


とはいえ、今回のマイナー・チェンジ (というにはABCとしてはわりと大きな人事ではあるが) によって、アメリカのTV界のニューズ/ヴァラエティ番組は一通りメンツを刷新し、新しい時代になったという印象を強く受けるものとなった。2004年末からのワールド・ニューズ界の変動にはひとまずこれで終止符を打ち、希望的観測としては今後10年は何も変わらないことを望みたい。




9. 跋扈するヴァンパイア


跋扈する、なんて書いてしまったが、まあ、確かにヴァンパイアが登場する番組はいくつもあるけれども、基本的に今、TVでヴァンパイアが主人公の番組は2本だけ、HBOの「トゥルー・ブラッド (True Blood)」と、CWの「ザ・ヴァンパイア・ダイアリーズ (The Vampire Diaries)」だけだ。しかし、この2本、そしてプラス映画の「トワイライト (Twilight)」シリーズが巻き起こしたヴァンパイア・ブームは、ちょっと異常と思えるくらいだった。そんなにみんな不死になりたいか?


まあ、人々が不死になりたいと思っているわけではなく、不死、そして血ということから来るゴス・ロマンに人々、特にティーンエイジャーが惹かれていることがこのブームの本質だろう。老いを意識せずに年中報われない恋愛ごっこにうつつをぬかせるのだ。


冷静に考えると、老いないことは恐怖以外の何ものでもない。「インタビュー・ウィズ・ザ・ヴァンパイア (Interview with the Vampire)」で、ヴァンパイア化した少女を演じたキルステン・ダンストが、切っても切っても伸びてくる髪を目にした時の恐怖と一緒だ。要するに、永久に不変というのは忌むものでしかない。もし不死になったとしたら、その瞬間から欲するもの、最終的な快楽が死になるのは自明だ。むろん、だからこそ死ねないヴァンパイアの悲劇性が際立ち、それがティーンエイジャーを魅了するとも言える。


それよりも本当に気になるのは、その不死のヴァンパイアが10代、20代の見映えのいいヴァンパイアばかりということで、中年のわが身としては、なぜ中年のヴァンパイアがいないんだ、赤ん坊のヴァンパイア、老年のヴァンパイアがいないのはなぜだ、とごねてみたくもなるのだった。若者しかヴァンパイアになれないって聞いたことがないぞ。




10. ヴィデオ・クリップ番組の普遍化


これは今に始まったことではないが、近年のYouTubeを筆頭に、インターネットにおける一般人によるヴィデオ素材の公開は、今では当たり前のことになった。TVでもトークやヴァラエティ・ショウに限らず、今ではちゃんとしたニューズでも非常に話題になれば、それらの映像素材を流したりする。となれば、そういう映像素材をネットから拾い集めて番組を作るようになるのも、時間の問題だった。今年はそういった番組が一斉に花開いた年だったと言える。


今年始まった番組としては、G4の「ウェブ・スープ (Web Soup)」および「ジ・インターナショナル・セクシー・レイディーズ・ショウ (The International Sexy Ladies Show)」、コメディ・セントラルの「トッシュ・O (Tosh.O)」、MTVの「DJ・アンド・ザ・フロー (DJ & The Flo)」、FOXの「ビヨンド・ツイステッド (Beyond Twisted)」、カートゥーン・ネットワークの「ボビー・セズ (Bobb’e Says)」等がある。


これら以外にも、ディスカバリーやトゥルーTV、スパイクやFOXリアリティ等ではこの種のヴィデオが軸となっている番組があるし、ヴァーサス (Versus) やフューエル (Fuel) といったケーブル・チャンネルでは、そういうヴィデオの垂れ流しで時間を埋めているとしか思えない時間帯があったりする。


これらの番組がすべて成功しているわけではないが、時に素人の一瞬芸、失敗した瞬間がプロより面白いというのはよくあることだ。そのことは、今でも人気が高いこの種の番組としては老舗のABCの「アメリカズ・ファニイスト・ホーム・ヴィデオス (America’s Funniest Home Videos: AFV)」が如実に照明している。考えたら、そのAFVは日本の「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」の一コーナーのリメイクなんだが。


これらの番組は、ネットから拾ってきたものをそのまま加工せずに垂れ流したんでは芸がないから、ホストを据えてコメントを付け加えさせたり、あるいはそのホストをアニメ化したりして差別化を図っている。さりとて最終的には、番組の面白さは素材の面白さによる。結局、やっぱりYouTubeが一番面白い、なんて言われないようにしないと。




番外: デイヴィッド・レターマン一人舞台。


今年最も注目された深夜トーク・ショウのホストはジェイ・レノとコナン・オブライエンだろうが、番組の枠を離れてスキャンダル・ネタとして見た場合、もしくは単発ネタでの話題性に注目した場合、CBSの「レイト・ショウ (Late Show)」のデイヴィッド・レターマンの活躍は抜きん出ていた。


春先にもう役者は辞めるという最後の仕事として、まるでZ. Z. トップ並みの顔面総髭面でゲスト登場したホアキン・フェニックスとレターマンとの噛み合わない会話は、それだけで一週間分の話題を提供したし、元副大統領候補のサラ・ペイリンの娘を半ば娼婦扱いの発言をしてペイリンから強硬に謝罪を要求され、結局番組内で謝らざるを得なかった。


極めつけが秋のレターマン恐喝事件で、スタッフとの浮気をネタにレターマンが200万ドルを強請られるという、本物の刑事事件になった。ある日「レイト・ショウ」を見ていたら、いきなりレターマンがシリアス顔で、実は私はインターンと浮気しているとして強請られている、おぞましいことには、私が浮気しているというのは事実であると告白し始めた。


なんだなんだなんだ、レターマン、いったいお前は何を口走っている、自分が口にしていることを自覚しているのかと、思わず呆気にとられた。最初はギャグかと思っていた観客も途中からなにやらいつもと雰囲気が違うことに気づき、これはなんだとざわざわし始める。脅迫犯に屈するよりは自分からばらすことを選んだレターマンによる告白だったわけだが、しかし、お前、いったいいくつだ。愛息のハリーはまだ2歳くらいじゃないのか。結局この事件はCBS内部の者による恐喝であることが判明、現在裁判待ちだ。


それでレターマンはわりとこのネタでゴシップ誌や番組を賑わせていたが、年末にこれを上回る事件が起きた。もちろんタイガー・ウッズの浮気発覚だ。レターマンどころじゃない、いったい何人の女性と浮気しているのかほとんど不明というウッズが年末の話題をさらってしまったことで、ようやくレターマンはマスコミの目から逃れ、針の筵から脱出できた。レターマンはいつか、ウッズをゲストに呼んで感謝の意を表明すべきだろう。








< previous                                    HOME

 

2009年アメリカTV界10大ニュース。その2

 
inserted by FC2 system