6. ベイシック・ケーブル番組のエミー賞制覇


実際問題として、ここ数年のエミー賞は事実上ネットワークではなく、ケーブル・チャンネルのHBOが牛耳っていた。HBOドラマの「ザ・ソプラノズ (The Sopranos)」と「シックス・フィート・アンダー (Six Feet Under)」、コメディの「Sex and the City」、そして毎年投入される大型上質のTV映画やミニシリーズがエミー賞の常連であり、正直言ってネットワークは歯が立たなかった。近年ではさらに同じペイTVのライヴァル・チャンネルであるショウタイムの「ウイーズ (Weeds)」や「デクスター (Dexter)」の台頭によって、ネットワーク番組はますます肩身の狭い思いをしていた。


とはいえ、ふんだんに金をかけて視聴率よりも質重視で番組製作ができるペイTVだからこそネットワークと互角に勝負できるのであって、それが常に予算と視聴者数の兼ね合いが番組製作に大きく影響するベイシックのケーブル・チャンネルだと、また話は別だ。いくら「ザ・クローザー (The Closer)」や「モンク (Monk)」がエミー賞ノミネートの常連とはいえ、俳優で受賞するのと番組自体が受賞するのとはわけが違う。


それでも、長い歴史があることもあり、私は実はこれまでにベイシック・ケーブルの番組がまだ一度もドラマもしくはコメディ番組で受賞したことがないとは思っていなかった。そしたら、今年のエミー賞のドラマ部門を制したAMCの「マッド・メン (Mad Men)」が、栄えあるベイシック・チャンネル・ドラマの初受賞番組なのだそうだ。そうだったか。


一方、エミー賞を受賞した、その壇上で主演のジョン・ハムが挨拶の時に「この番組を見ている数十名の視聴者の皆さんに感謝します」と述べたように、「マッド・メン」は質を重視して視聴者受けや採算を度外視したからこそ批評家を唸らせる番組が製作できた。正直言って現代のベイシック・チャンネルで、登場人物がタバコ吸いまくって酒飲みまくって浮気しまくりという番組をよく製作しようという気になったものだと思う。HBOですら製作をパスした番組なのだ。むろんこの博打が当たったからこそのエミー賞受賞だった。これで実際に登場人物、特に女性が脱いでくれればどんなに会話が聞きとりにくかろうと毎回見るのにと思ったのは私だけか。


次はコメディにおいてベイシック・ケーブル番組がエミー賞を受賞する可能性は‥‥という風になるのは当然だが、しかし、ドラマはともかくコメディがエミーを受賞するのはまだまだ先のことだろう。というか、現時点ではその可能性はまったくない。というのも、ケーブル・チャンネルのオリジナル番組は、基本的にそのほとんどがドラマで、コメディ自体がほとんどないからだ。TBSとコメディ・セントラルにいくつか散見されるのが関の山だ。唯一の可能性は、ドラマとしてではなくコメディとしてエミー常連のUSAの「モンク」が、最終シーズンと発表されている次シーズンにコメディ部門で受賞できるかにかかっていると思う。その可能性は小さくはないと思うが、しかし、今は業界に圧倒的人気のNBCの「30ロック (30 Rock)」という強力なライヴァル番組があるからなあ。




7. 死者とデート


実はこれは私が気づいたことではなく、USAトゥデイが言っていたことで、言われて私もはたと気づいたのだが、今シーズンのTV番組において、登場人物が死者と交信するというシチュエイションがいくつかあった。目立つというほどではなかったが、それでも印象に残るくらいは放送された。


まず、既にジェニファー・ラヴ・ヒューイット主演の「ゴースト・ウィスパラー (Ghost Whisperer)」とパトリシア・アークエット主演の「ミディアム (Medium)」というヴェテラン番組の仲間入りしている二大霊媒番組があった。それにさらに昨シーズン、死者に触れることで生き返らせることのできる特殊能力を持つ男が主人公の「プッシング・デイジース (Pushing Daisies)」の放送が始まった。むろんCWの「スーパーナチュラル (Supernatural)」だってこの手の話には事欠かない。ケーブルのWeでは、本物の霊媒が霊と交信するリアリティ・ショウの「クロス・カントリー (Cross Country)」や「サイキック・アット・ラージ (Psychic at Large)」なんてのもあった。A&Eには「サイキック・キッズ (Psychic Kids)」、Sci-Fiチャンネルには「ゴースト・ハンターズ (Ghost Hunters)」なんてもろそれの番組がある等、それ系の番組が多い。


それでも、それらが特になんらかのブームと言えるほど多かったとか目立ったりしたとかは思わない。いつの世にもそういう題材のドラマやリアリティ・ショウはあったからだ。しかし、今年はさらにHBOでヴァンパイアもの「トゥルー・ブラッド (True Blood)」が始まって、齢170歳の死者というかヴァンパイアと人間の女の子が恋愛感情もどきに陥ったり、「デクスター」で主人公が死んだ父と会話したりしていると指摘されると、そいつは確かにそうだと言わざるを得ない。「ロスト (Lost)」だって現在かなりやばめの展開だし、「レスキュー・ミー (Rescue Me)」のそもそもの舞台設定は、ほとんどアル中の主人公に死んだ従兄が見えるというものだった。


そして極めつけが、現在ファンの喧々囂々の賛否両論を巻き起こしている「グレイズ・アナトミー (Grey's Anatomy)」のリジーと死んでしまったデニーの恋愛プロットだろう。死んでしまったデニーといまだにコミュニケートするリジー。うーん、これは医療ドラマであって「ミディアム」ではないんだが。普通のファンは引かんかなあ。デニーを演じるジェフリー・モーガンは「スーパーナチュラル」のオリジナルのキャストだから元々そういう要素はあったんだが、まさか地に足のついているリジーまでがそうだったとは。どちらかというと主演のエレン・ポンペオの方こそそっち向きだと思う。いずれにしても死者があちらこちらでいつの間にか跋扈している。末世なんだろう。




8. 世紀の一瞬系リアリティ・ショウ


これは前回書いた危険な仕事ネタ系のリアリティ・ショウの一亜種と言えないこともないが、そういう危険な仕事につきもののあっと言う一瞬 -- 警察によるカー・チェイスだとか、危険なスタントの事故だとか、サメに襲われたといった、様々な決定的瞬間をとらえた番組も続々と登場してきた。これは、いつでもどこでも誰かが録画のできるヴィデオやデジカメ、携帯を持っていることから、そのような瞬間が記録されるチャンスが飛躍的に上昇し、その手の映像があらゆるところから簡単に手に入るようになったことも大きい。なんにもましてYouTubeの存在は大きかった。


この種の番組には、TLCの「リアリー・レックレス・ドライヴァーズ (Really Reckless Drivers)」、マイ・ネットワークTV/G4の「ワックト・アウト・ヴィデオス (Whacked Out Videos)」、ディスカバリーの「レックリエイション・ネイション (Wreckreation Nation)」、アニマル・プラネットの「ロスト・テープス (Lost Tapes)」等がある。まだ発展途上という感じで、危険系リアリティ・ショウに較べるとそんなに数は多くないが、危険系番組が増えると必然的にそういう事故や物事が失敗する瞬間というのがカメラに収められる機会も増大するだろうから、この種の番組は今後ますます増えることが予想される。また、それらの一瞬をとらえるのではなく、生死の境目を経験した者に話を訊くバイオグラフィの「アイ・サヴァイヴド‥‥ (I Survived…)」なんて番組もある。


私見ではそれらの番組の中では、ディスカバリーの「アドレナリン・ラッシュ・アワー (Adrenaline Rush Hour)」が、番組名が示唆しているように、最も手汗握る瞬間を集めていると思う。既に3億総カメラマン時代を迎えているアメリカにおいて、シャッター・チャンス、ヴィデオ・チャンスはどこにでもあった。これらの番組のフッテージを見ていると、命にかかわる瞬間というのはどこにでも転がっているような気にさせられる。




9. ソープ・オペラに未来はあるか


現在アメリカの日中の暇な奥様方を対象とするネットワークで放送されている昼メロ、いわゆるソープ・オペラには、CBSの「ガイディング・ライト (Guiding Light)」、「ザ・ヤング・アンド・ザ・レストレス (The Young and the Restless)」、「ボールド・アンド・ビューティフル (Bold and Beautiful)」、「アズ・ザ・ワールド・ターンス (As the World Turns)」、NBCの「デイズ・オブ・アウア・ライヴズ (Days of our Lives)」、ABCの「ジェネラル・ホスピタル (General Hospital)」、「ワン・ライフ・トゥ・リヴ (One Life to Live)」、そして「オール・マイ・チルドレン (All My Children)」がある。


どれも私個人の嗜好から言えばまったく興味をそそられるものではなく、全部なくなったっていっこうに構わないと思っているのだが、早い安い何でもありを合言葉に早撮りを極めるソープは、演出家や俳優の修行の場として機能していないこともなく、それなりに存在意義がないわけではない。それでも、いったんレギュラーとなってそれに安住するやからが輩出し始めると、やはりメリットより弊害の方が大きいと思わざるを得ず、どうしても擁護する気にはなれないジャンルだ。


実際、近年、他のジャンル同様、ソープも地盤沈下が著しい。NBCは真っ先に「パッションズ (Passions)」を衛星放送のディレクTVに身売りしたが、番組はそこでもやっていけず、ついに今年最終回を迎えた。実は私が曲がりなりにも多少は興味を持ってなくもなかったソープは、この「パッションズ」と、これは数年前にやはり最終回を迎えたABCの「ポート・チャールズ (Port Charles)」くらいだった。というのも両番組はキャラクターに魔術師やヴァンパイア等の異形の者等がおり、故意にか無意識にか逆受けする要素を持っていたからで、その両番組から最終回を迎えたというのは、やはり真面目な一般的なソープ・ファンにはアピールしなかったんだろう。


そのソープの大御所の一角である「アズ・ザ・ワールド・ターンス」は、20年ほど前に数あるソープの中で最初にゲイのキャラクターを登場させ、ゲイの団体であるGLAADから称されている。昨年はゲイのカップルによるキス・シーンもソープ史上初めて登場した。むろんゲイの視聴者獲得を目論んだのはもちろんだが、どうやら圧倒的に多い高齢の女性視聴者層の共感は得られなかったようで、今年は逆にゲイ・キャラクターが番組でフィーチャーされる回数が減り、そのため逆にゲイ視聴者から番組バッシングを受ける始末になるなど、話題を提供した。


これまた老舗の「ガイディング・ライト」は、ついにソープ恒例のスタジオ撮影を諦め、外に出てのロケーション撮影による番組製作を始めた。これは非常に思い切った冒険だ。なんとなればソープが毎日新しいエピソードを提供できるのは、スタジオ内で使い回しの利くセット内でマルチ・カメラ撮影で時間を効率的に使っているからであり、いちいち外に出て撮影していたんではとうてい撮影終了は覚束ない。それでもそうせざるを得ないほど事態は切羽詰まっていることの現れであり、番組製作者もなんらかの手を打たなければこのままどん尻だと思っているわけだ。私の考えではソープも淘汰が進み、数年後には番組数が今の半分程度になって落ち着くのではないかと思っている。いくら消極的な存在理由がないわけではないとはいえ、それだけでソープが生き残っていけるとは思えない。




10. NCIS絶好調


一時期、NBCのヴェテラン法廷ドラマ「ロウ&オーダー (Law & Order)」は、アメリカのドラマの7不思議の一つだった。なんとなれば苛酷な競争にさらされ、何シーズンも続いていくことが非常に難しいアメリカTV界において、何シーズンにもわたって視聴率を上げ続け、放送開始後10年目にしてシリーズとしては最高の成績を獲得するというのは、ほとんどTV界の常識では考えられないことだった。


そこまでではないにしても、それに近い推移で現在、シリーズ開始後5年目にして放送される度に自己記録を更新する絶好調の番組が、CBSの「ネイビー犯罪捜査班 (NCIS)」だ。この「NCIS」、実は元々は「JAG」のスピンオフ番組として始まった。「JAG」自体は1995年にNBCで始まっており、成績不振を理由にキャンセルされたところをCBSに拾われ、そこで9年間続いた。そのスピンオフとして始まった「NCIS」は、「JAG」がなければ、あるいはCBSが「JAG」を拾わなければ生まれることのなかった、最初から非常についていた番組だと言える。


「NCIS」自体は最初から成績は悪かったわけではないとはいえ、特に可もなく不可もなくといった感じで、まあ「JAG」同様、中高齢視聴者にアピールしてそこそこ続いていくんだろうと思っていた。実際そうなったのだが、それからさらに成績を上げるというのはさすがに思っていなかった。


「NCIS」が特に中高齢者層に受けているのは、そのユーモアにあるとはよく言われているところだ。「JAG」同様、海軍関係の犯罪を暴くアクション・ドラマなのだが、まず何よりも主人公を演じるマーク・ハーモンを筆頭とするキャラクター・ドラマとして、視聴者は登場人物たちのユーモアを含んだやりとりを楽しんでいる。昨年来の経済低迷で世情の元気がない時に、こういう安心して見れるアクション・ドラマで、時たまくすりと笑える番組というのは貴重だった。


このことは9/11以降に、その時既に番組としてのピークを過ぎて人気は下り坂だったNBCの「フレンズ (Friends)」が、人々が時勢の暗いことを忘れて安心して見れるシットコムということで人気を再燃させたのと事情は似ている。「NCIS」が今後もさらに視聴者を増やしていけるかは難しいと思うが、それにしても「JAG」時代といい現在といい、人々が必要としている時にそこにいる、強運の持ち主が「NCIS」だ。




番外. ポーラ・アブドゥル、未来を予言する。ジョン・マッケイン、レターマンをぶっちぎる


2008年を振り返った時、最も印象に残った一瞬を提供したエピソードといえば、「アメリカン・アイドル (American Idol)」でポーラ・アブドゥルが聴いてもいない歌の批評をしてしまった回と、デイヴィッド・レターマンがホストの「レイト・ショウ (Late Show)」で、大統領選出馬中のジョン・マッケインが、予定したゲスト出演をぶっちぎったエピソードが強く記憶に残っている。


「アイドル」では番組が最終回に近くなって勝ち残っている者が減ってくると、時間が余るので、参加者に2曲、本当に最後の最後になると3曲歌わせるようになる。しかしある時、アブドゥルは何をカン違いしたのかまだ一曲しか歌っていない参加者に向かって、まだ歌っていない2曲目のコメントをし出した。


慌てたのはホストのライアン・シークレストで、彼はアブドゥルに向かって、あんたは未来を見ていると叫び、両隣りのジャッジは唖然とした目でアブドゥルを見つめるなど、場内および全米視聴者の失笑を買った。ジャッジは参加者の練習風景を事前に見ており、何を歌うかを知っているからできたコメントで、実際問題として、ジャッジが練習風景を見て事前になんらかの情報をインプットすることは禁じられているわけではないということだ。


とはいえ、だからといって歌ってもいない歌の批評をしてもいいことにはならない。特に昨シーズンのアブドゥルは奇矯な行動が目についたが、自分の周りにカメラをはべらせるセレブリティ密着型リアリティ・ショウ「ヘイ、ポーラ (Hey, Paula)」(ブラヴォー) にも主演するなど、何かと忙しかったせいもあるかもしれない。一度「レイト・ショウ」にゲストとして出てきた時は、ホストのデイヴィッド・レターマンに酔っているのかと言われていたくらいだから、たぶん年間を通して本当に忙しく、頭が回らなかったに違いない。新シーズンから女性ジャッジがもう一人増えるのは、こういうジャッジの負担を軽減するという意味合いもあるのだろう。


もう一本、非常に印象に残っているのが、そのアブドゥルも出た「レイト・ショウ」にゲスト出演が予定されていた、その時の共和党大統領候補ジョン・マッケインが、当日になって番組をどたキャンしたことだ。むろん泣く子も黙る深夜トークといえども、たまさか出演を予定していたゲストがどたキャンすることはないわけではない。この時はますます深刻になりつつある経済情勢立て直しのために、急遽ニューヨークからD.C.に戻らざるを得なくなったというのが、マッケイン側の弁明だった。


そしたら、そのためマッケイン抜きで番組を収録している「レイト・ショウ」に、当のマッケインが「レイト・ショウ」を収録しているエド・サリヴァン・シアターの目と鼻の先のCBSで、ケイティ・コーリックがアンカーをしている「イヴニング・ニューズ (Evening News)」でインタヴュウを受けているという情報が入ってきた。D.C.行きは嘘っぱちで、深夜トークより夕方のワールド・ニューズの方を重視したマッケインの単なる口実に過ぎなかった。


むろん常識で考えて、政治家が深夜トークよりワールド・ニューズの方を重視するのはむしろ当然と言える。しかし、たぶん最初にアポをとったのはこちらの方なのに、それをどたキャンして、しかもすぐばれる嘘の言い訳で言いつくろって欲しくなぞなかったというのは、レターマンとしては当然の気持ちだろう。レターマンは番組の中で、マッケインはたった今、この時間に、この番組をぶっちぎってケイティのインタヴュウを受けている、と執拗にごね続けた。


マッケインも大人気なかったと思ったのだろう、後日、改めて「レイト・ショウ」に出演し直し、レターマンと握手して仲直りした。むろん本心ではマッケインはその時にレターマンを袖にしてコーリックの番組に出たこと自体は戦略としては正しかったと今でも思っていると思うし、レターマンだって内心この野郎とまだ思っているに違いないが、少なくとも表面上は二人は遺恨を残す素振りなぞ露ほども見せずにスタジオの観客の拍手を受けていたのだった。二人共大人ですなあ。








< previous                                    HOME

 

2008年アメリカTV界10大ニュース。その2

 
inserted by FC2 system