アメリカTV界の今年の印象を決定づけた重要なポイントを振り返る。




  1. 6.  O. J. シンプソン、あるいはその他の実在の人物


アメリカ人にとってO. J. シンプソンという存在は特別なようだ。アメリカの国技とも言えるアメリカン・フットボールのプロ・リーグ、NFLのかつての花形スターであり、金と名声を得た立志伝中の人物であり、黒人であり、美人の白人の妻を持ち、そしてその妻と、たぶん妻の浮気相手を刺し殺したとして逮捕、起訴され、しかしたぶん著名人であり、もとい著名な黒人であったがために、無罪になった。 

 

金、権力、人種、スポーツ、不倫、犯罪、それも殺人という、アメリカ人が最も好む話題のフル・コースを網羅したO. J. シンプソン事件は、もうかれこれ20年以上も前の事件であるにもかかわらずいまだに話題となり、俎上に上る。そして事件を再構成したFXのミニシリーズ・ドキュドラマ「ザ・ピープル・v O.J.・シンプソン: アメリカン・クライム・ストーリー (The People v. O.J. Simpson: American Crime Story)」だけでなく、スポーツ・ネットのESPNが放送したドキュメンタリー「O.J.: メイド・イン・アメリカ (O.J.: Made in America) ESPN」のどちらもが話題になった。 

 

さらに番組の大成功に触発されたか、過去非常に注目を浴びた三面記事的事件を再構成するドキュドラマやドキュメンタリーが、相次いで製作された。幼いジョンベネット・ラムジー殺害事件やケイリー・アンソニー殺人事件、アマンダ・ノックスの猟奇犯罪等、過去の事件を扱った番組が幾つも編成され、注目を集めた。これらの事件のある部分が、いまだに強く人々にアピールするらしい。ただしO.J.関連番組以外は、質的には話にならないとして、一刀両断に切り捨てられている。柳の下にどじょうは何匹もいなかった。




  1. 7. 時間旅行はお好き?


タイム・トラヴェルはSFものの永遠のテーマと言える。TVでも映画でも昔からタイム・トラヴェルものは常にあった。しかし今シーズンのTVにおけるタイム・トラヴェルものの多さは異常と言えるくらいで、これだけタイム・トラヴェルものばかりだと、はっきり言って食傷してしまう。 

 

「11.22.63 (11.22.63)」アマゾン 

「フリークエンシー (Frequency)」CW 

「レジェンズ・オブ・トゥモロウ (Legends of Tomorrow)」CW 

「メイキング・ヒストリー (Making History)」FOX 

「タイム・アフター・タイム (Time After Time)」ABC 

「タイム・トラヴェリング・ボン (Time Traveling Bong)」コメディ・セントラル 

「タイムレス (Timeless)」NBC 

 

上記のうち「メイキング・ヒストリー」と「タイム・トラヴェリング・ボン」はコメディだ。さらに以前から放送されている現行のタイム・トラヴェルものもある。 

 

「トウェルヴ・モンキーズ (12 Monkeys)」SyFy 

「アウトランダー (Outlander)」スターズ 

「ドクター・フー (Doctor Who)」BBCアメリカ 

 

タイム・トラヴェルものが氾濫している理由として、問題が山積みの現代は人が生き難いから、過去に遡ってやり直したいから、状況を改善したいから、というまことしやかな意見を幾つか目にした。実際の話、ある程度はその通りなんじゃないかと思う。これらのタイム・トラヴェルもののほとんどは未来ではなく、過去に飛んでいるからだ。唯一、新番組で過去の人間が現代に飛ぶ「タイム・アフター・タイム」は既にキャンセルされている。まだ見ぬ世界を見たいのではなく、失敗したことをやり直すというのが、今のタイム・トラヴェルもの流行の一因ではあるようだ。




  1. 8. クラシック・ゲーム・ショウの復活


基本的にABCが一人でやっているようなものだが、かつての人気ゲーム・ショウが次々と復活している。この半年の間に連続して3本のゲーム・ショウが編成され、プライムタイムのすべてをゲーム・ショウが占めることもある。 

 

「トゥ・テル・ザ・トゥルース (To Tell the Truth)」人物当てゲーム。ホスト: アンソニー・アンダーソン 

「マッチ・ゲーム (Match Game)」言葉当てゲーム。ホスト: アレック・ボールドウィン 

「ザ・$100,000・ピラミッド (The $100,000 Pyramid)」連想ゲーム。ホスト: マイケル・ストレイハン 

 

「トゥ・テル・ザ・トゥルース」は1950年代、「マッチ・ゲーム」は60年代、「$100,000 ピラミッド」は、70年代に番組が始まった時のタイトルは「$10,000 ピラミッド」で、この賞金が時代と共に増加して今では当時の10倍の賞金がかかっている。 

 

ABCはかつて「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア (Who Wants to Be a Millionaire?)」で大きく当て、クイズ/ゲーム・ショウにはまだまだ需要があることを証明した。一方で新規に製作するクイズ/ゲームはなかなか成功しない。そのため、過去の実績のある番組をリメイクしようという魂胆のようだ。なんといってもこの種の番組は製作費が安く上がる。当たれば儲けもの、当たらなくてもあまり懐は傷まない。番組は一話完結なので視聴者も毎回必ず見る必要がなく、気軽に見れる。確かに目の付け所かもしれない。




  1. 9. オリンピックとパラリンピック中継


基本的にアメリカ人はスポーツ中継は時間差のない生中継じゃないと文句を言うものだが、何十種目もの競技が一斉に行われるオリンピックのような大型スポーツ・イヴェントではさすがにそうも言ってられず、中継局に編集を任せたダイジェスト版を見る者が多い。 

 

一方、中継ネットワークの姉妹チャンネルでは特定競技に的を絞ってライヴ中継する。さらにインターネットの普及に伴い、ほとんどの競技でライヴで中継が見られるようになってきた。まず基幹ネットワークのプライムタイムでは紹介されるようなことのない競技の、予選まで見ようと思えば見れる。 

 

ロンドン大会からこういう動きはあったが、リオ五輪は、ほぼそれの完成形になった。卓球の誰それの一回戦だとかバドミントンの団体戦の試合とかアーチェリーの予選とかゴルフの初日の模様とかが、目的の競技、目的の個人の戦いぶりが、ネットに繋いだTVを通してノー・カットで見たい時に見れる。これは思えばすごいことだ。 

 

ただし中継しているだけで、実況や解説までは手が回らないことが多く、一日中無音、というか会場の音を拾っているだけだったりする。その後で実況解説の入るプライムタイムの主要中継を見てみると、いやー、それだけでこれだけ印象が違うかと思うくらい盛り上がる。しかし特定のスポーツのファンにとっては、競技が見れるだけでもありがたい。 

 

また、これまでは日陰という印象のあったパラリンピックも、多くの時間を割いて中継された。水泳や陸上が、障害の程度が違うだろう競技者をどのように分けて競技させるのか、どのように目の見えない者たちが走ったり泳いだりサッカーしたりできるのか、目から鱗の新しい事実の発見がてんこ盛りだった。スポーツってやっぱり面白いなという認識を新たにしたのだった。それにしてもライアン・ロクティは恥ずかしかった。




  1. 10. ケリー・リパのスピーチ


今夏、ケリー・リパがマイケル・ストレイハンと共同でホストを担当しているABCの朝のトーク・ショウ「ライヴ・ウィズ・ケリー・アンド・マイケル (Live with Kelly and Michael)」において、ストレイハンが番組を辞めて同じくABCの朝のニューズ/トークの「グッド・モーニング・アメリカ (Good Morning America: GMA)」に移籍するという電撃発表があった。 

 

これが電撃なのは、そもそも元NFL選手で芸能界では素人と言えるストレイハンを引っ張って来て、それまでリージス・フィルビンが務めていた共同ホストの座の後釜に据えた最大の功労者であるに違いないリパが何も知らないうちに話が進んでおり、リパには何も知らせずストレイハン降板が発表されたことにある。 

 

リパがこれに大きな衝撃を受けたことは想像に難くなく、発表のあった週の放送をぶっちぎって引きこもった。番組は臨時ホストを立てて凌いだ。数年前にストレイハンがフィルビンの後任として決まった時は、情報だだ漏れで誰も知らないはずのストレイハン就任を2か月前から誰でも知っていたというお粗末さだったが、これで学習したストレイハンおよび周囲は、今度はリパにすら秘密にして話を進めた。 

 

リパが恩を仇で返されたと思ったのは間違いなく、腹わた煮えくり返っていただろう。しかし翌週は吹っ切れたという顔でストレイハン共々番組に登場、職場で必要なのはお互いのリスペクト、とスピーチしてステュディオの喝采を受け、このごたごたに幕を引いた。 

 

前共同ホストだったフィリビンは、何も心配することはない、ほっとけば元の鞘に収まると最初から事態を楽観視してたが、実際にそのようになった。さすがキャリアの長いヴェテランだ。ただしフィルビン、その後、共同ホスト時代はあんなに仲のよさそうに見えたリパと、今は実はなんの連絡もとっていないことを打ち明けていた。でもまあ、どんな職場でもそういうことはあるかもしれない。 

 

因みにリパはこれで結構懲りたか、ストレイハンが降りた夏以降も臨時共同ホストを取っ替え引っ替えしながら番組を続けている。ストレイハンが決まった時も結局発表までは一年くらいかけていたわけだし、今回も気長に探すみたいだ。あるいは、もう正式な共同ホストを探す気はないという可能性もあるか。 




番外: 出場者の死後に放送された「ジェパディ (Jeopardy)」


俳優が撮影後に急死して、その後に撮影済みの映画やTVが公開、放送されるということはままある。しかし基本的にプロじゃない一般人がリアリティ・ショウに出演して、死後それが放送されるという事態は滅多にない。それが起こったのが、年末の長寿クイズ・ショウ「ジェパディ」だ。


サイエンス・コンテント・デヴェロッパーという肩書きを持つテキサスの女性シンディ・ストウェルは、6日間勝ち抜き、最後に負けるまで10万ドル以上の賞金を獲得した。そして彼女が負けたエピソードの直後にホストのアレックス・トレベックが出てきて、実は彼女は放送の2週間前にガンで死去していたことを告げた。「ジェパディ」に出ることはストウェルの長年の夢だったそうで、末期ガンの、たぶん治療は続いていた時期だったに違いない。TVに出ている一般人が実は既に故人だったというのは、俳優の遺作を見るのとは趣きが違う。知ってから見ると、あの短い髪はたぶん鬘だったんじゃないかと思う。


彼女の最後の回となったエピソードでは、回答する3人が接戦となり、勝負の決着は最後の問題の回答如何になった。問題はアメリカ大陸に最も近い国でクルマが左側通行する国はというもので、3者ともバハマで正解、私はまったく知らなかった。勝敗を左右したのは問題に自分で掛けた金額の多寡で、安全に行ったストウェルに対し、勝った男性はほぼ手持ちの全額を掛け、その差で決着が着いた。最後の設問時は僅差だがまだストウェルがリードしていたので、思い切って全額掛ければ彼女が勝っていた、なんてことを後から言っても栓もない。冥福を祈る。











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2016年アメリカTV界10大ニュース。その2

 
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