Adaptation

アダプテーション  (2002年12月)

土曜の朝、朝食に焼き立てのベーグルが食いたくて外に出た。サブウェイの駅前の商店街にあるその店には映画館の前を通って行くのだが、まだ朝10時だというのに、既に映画館に長蛇の列ができていて驚いた。昨日から始まっているはずのマーティン・スコセッシの「ギャング・オブ・ニューヨーク」はそこまで前評判がよかったのか、これはびっくりしたと思っていたら、中から従業員が出てきて、昼12時の回の「ロード・オブ・ザ・リング」は売り切れ、次の回は4時からと怒鳴っている。


なんだ、この列は「ロード・オブ・ザ・リング」を見るためだったのか。今回「リング」は私の見る予定に入っていなかったので、今週末から公開ということにちっとも気がついていなかった。でもこの盛り上がりを見ると、今回もかなりの興行成績を上げそうだ。しかもその後で私が「アダプテーション」を見るためにもう一度その劇場に行ったら、今度は「リング」は夜11時の回まで売り切れになっていた。うーむ、ホビット侮るべからず。


さて、というわけで「アダプテーション」である。脚本家のチャーリー・カウフマン (ニコラス・ケイジ) は、ベストセラー「The Orchid Thief」の脚色の仕事を請け負う。しかし、本はノン・フィクションであるため一本の話にするのが難しく、チャーリーはたちまち行き詰まってしまう。しかも極端にシャイなチャーリーは実生活でも女性に声をかけることすらできなくて悩んでおり、にっちもさっちも行かない状態に陥っていた。チャーリーは性格が反対の双子の弟ドナルド (ケイジの二役) と共に、著者のスーザン (メリル・ストリープ) に会いにニューヨークに飛ぶ。スーザンは本の主要人物である、ラロシュ (クリス・クーパー) とも親しいはずだった。しかし事態は意外な方向に進展していき‥‥


スパイク・ジョーンズの「アダプテーション」は、少なくとも今年前半まで、業界での話題性や前評判は抜群だった。今でも評判が悪いわけではないが、とにかく今年上半期の噂話だけで判断するなら、もうアカデミー賞確実というくらい評判になっていた。話半分とはいえ、このくらい話題になる作品なら早く見てみたいものだと思っていた。実はジョーンズのデビュー作「マルコヴィッチの穴」は見ていないのだが、彼が製作として関係するMTVの「ジャックアス」は私もファンでよく見ていたし、ファット・ボーイ・スリムの「Weapon of Choice」もお気に入りのミュージック・ヴィデオであり、最近よくTVにかかる家具のアイケアのコマーシャルも、こいつ、やはり才能あるよなあと思わせてくれるのだが、とにかく劇場用映画を見ていないので話にならない。


「アダプテーション」は、フロリダで幻の「幽霊蘭」を追う男を活写し、ベストセラーとなったスーザン・オーリアン著のノン・フィクション「蘭に魅せられた男 (The Orchid Thief)」を題材としている。本の忠実な映像化ではなくて、書かれている内容、および著者のスーザンをもストーリーに絡ませ、フィクションとして膨らませたものだ。本に描かれるスーザンとラロシュは当然実在の人物であるだけでなく、それを脚色することになるチャーリー・カウフマンも実在の人物で、「アダプテーション」脚本はカウフマンがものしている。さらに念の入ったことに、「マルコヴィッチの穴」撮影中にカウフマン (を演じているケイジ) を見せることによって、どこからが虚構でどこからが現実かわからない効果を狙っている。ついでに言うと、本物のスーザン・オーリアンは、「アダプテーション」で描かれた自分自身について、あれは映画だから、と全然気にしていなかった。


冒頭、いきなり数百万年の地球の歴史が出てきて面食らわせられる。わりと年齢層が高く見えた観客の中には、いきなり女性のおまんこから赤ん坊が出てくるシーンを見せられてぎょっとした者も多かったと見えて、場内がどよめいた。しかし考えてみると、これは題材に合わせた選択だったと思える。蘭と女性器の相似というのは、中村真一郎の「四季」を引用するまでもなく広く受け入れられている世界共通の認識であり、その蘭が作品の主題となっている限り、性への言及は避けて通れない道である。例えば主人公のチャーリーは女性に接することが苦手で、自分の生活で接する女性との関係を夢想してマスターベーションをするのが癖になっているし、蘭に魅入られたラロシュとスーザンがその様な関係になるのは最初から既に約束された展開と言え、話の本当の面白さはその後に来るはずなのに、いっこうにそうならない展開に、もしかしたら才人ジョーンズであるだけにさらにもう一ひねりあるのかと勘ぐってみたりもした。


そしてそうなってからの展開は、それまでの印象ががらりと変わる活劇調になるのだが、この辺はちょっと必要かそうでないか、受け入れられるかそうでないか、意見の分かれるところだと思わせる。実はどっちかというと私はなかなか受容できなかった口なのだが、それは話の展開上というよりも、メリル・ストリープが銃を握るというアクションを素直に容認できなかったからである。


もちろんストリープがよろめくのはこれが初めてというわけではなく、既に「マディソン郡の橋」でもクリント・イーストウッド相手によろめいており、考えてみたら「ディア・ハンター」でだってロバート・デニーロ相手によろめいたのだった。しかし、そのことはさておき、ストリープが銃を手にした途端、話に現実味がなくなるのは如何ともしがたい。しかも「アダプテーション」でストリープの夫を演じているのはなんとカーティス・ハンソンであり、人々から尊敬されているハンソンのようなできた人間に対して、やはり人望の篤いストリープが不満を覚えるという設定は、ちと無理があり過ぎるような気がする。でも、だからこそ意外で、あっと驚く効果があるとは言えなくもない。


実際「アダプテーション」では、特にキャスティングの妙が見ていて非常に楽しい。ケイジとストリープだけでなく、ラロシュに扮するクリス・クーパーの崩れた演技も楽しいし、スタジオ幹部のヴァレリーを演じるティルダ・スウィントン、業界人に脚本の書き方を教えるロバートに扮するブライアン・コックスなどにもにやりとさせられる。ウエイトレスのジュディ・グリアー、チャーリーのガールフレンド、アメリアを演じるカーラ・シーモアなどもいいし、今年「セクレタリー (Secretary)」でブレイクし、弟のジェイクと共に話題となったマギー・ギレンホールをいち早く起用していたセンスにも目の確かさを感じさせる。一人二役のケイジは、彼自身の演技よりも、無理なく一人二役が同じ画面に収まる現在の特撮の方に感心してしまったが、ジョーンズがP. T. アンダーソンと共に若手の新たな才能としてもてはやされているのもむべなるかなと思わせられたのだった。







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