A Most Wanted Man


誰よりも狙われた男  (2014年8月)

「誰よりも狙われた男」は、ジョン・ル・カレの同名原作の映像化だ。ドイツ諜報部の斜陽エージェントを主人公とするスパイ・ドラマで、ル・カレ得意の、スパイをめぐる世界の虚々実々の隠密行動、駆け引きを描く。演出はスタイリッシュな絵柄を特徴とする、「ラスト・ターゲット (The American)」のアントン・コービン。 

 

オリジナル・タイトルは「A Most Wanted Man」で、一瞬、えっ、「The Most Wanted Man」ではないのかと思う。むろんこれは最上級のmostではなく、強意のmostなので間違いではない。入試の時、こういう英語の引っかけ問題があったなと思い出した。英国人のル・カレのことだ、特に意図的ではないかもしれないが、ほとんど無意識に意地が悪いタイトルにしたなと思ってしまう。そういやスマイリー3部作のどれかで、英国人登場人物にアメリカ人の a とか the とかの使い方について一言二言言わせてもいた。 

 

今年、死後に新作が公開される俳優は、私の知ってる限りでは、ポール・ウォーカーに次いでフィリップ・シーモア・ホフマンが二人目だ。ドラッグの過剰摂取に よって死去したホフマンは、生前用意してあった遺書によると自分の子供たちに遺産を何も残していなかったらしく、やはり実生活でもかなり癖のある人物であると思わせた。 

 

いずれにしても、スクリーンに映っている人物が現実には既に故人と理解して見るのは、なにがしかの感懐を持ってしまうのは如何ともし難い。これがTVだと、大量の再放送番組の中に故人が何人もいるのは当たり前なので特には気にならないが、基本リアルタイムの映画においては、公開された映画に出演している俳優が実は既に他界しているというのは、それほどあることではない。 

  

昔、学生時代に浴びるように名画座で映画を見ていた時は、懐古上映とかもあり、映画=リアルタイムとは必ずしも言えなかったが、社会人になって映画館で見る映画が初封切りの作品ばかりになると、スクリーンで目にしている俳優が既にこの世にいないという状態は稀になった。そのため、わりと最近自動車事故やドラッグ・オーヴァードース等で広く世間を賑わして世を去った当事者が、その印象も醒めや らぬうちに元気な姿でスクリーンに現れると、得も言われぬ不思議な感覚に見舞われる。それが当代随一の曲者フィリップ・シーモア・ホフマンともなるとなおさらだ。オーヴァードースの報道はなんだったんだと、狐につままれたような気になる。あんた、死んだんじゃなかったのか。 

 

それとも、なんだ、これは、もしかしてスパイ映画擬きの実生活の延長で、もしかしたら本当は死んでないんではないか。一般市民を騙そうとしているとか。胡散くささでは当代随一のホフマンのこととて、報道されていることがなにやら俄かには信じられん。NYでは最近、自分の死を演出して本人は雲隠れして保険金を受け取ろうとしたとか、あるいは警察に追われているので、やはりボートで沖に出て事故死を演出した、なんて事件が本当に起こって世間を賑わせていた。ホフマンならそのくらいのことやりかねんと思ってしまう。よくも悪くもスパイ向きの男だ。 

  

ここでホフマンが演じているのは、過去に大きな失敗を犯して長い間冷や飯を食わされている状態のスパイ、ギュンターだ。なんとか陽の当たるところに返り咲きたいが、それには何か手柄が必要だ。そこに手配中のチェチェン人イッサが網に引っかかる。イッサをそのまま拿捕することもできるが、ギュンターはイッサを泳がせておいて、もっと大物をおびき寄せようとする。 

  

ギュンターはイッサの父が預金していた銀行の支配人をほとんど脅すと共に、イッサが接触した女性弁護士を誘拐監禁して協力を強制、CIAにも接触する。完全に法に触れているのはギュンターの方なのだが、しかし目論見が成功した場合の見返りは莫大なものがあった。 

 

確かにこういう胡散くさい役 をやらせるとホフマンの右に出る者はほとんどなく、はまるよなあと思わせる。利用できるものはなんでも利用し、そこには良心とか道徳とかが入り込む余地はない。そういう男でありながら、彼が率いるチームは、皆文句も言わず、諾々とギュンターの指示に従っている。ギュンターが恐怖政を敷いているからというよりも、皆ギュンターを慕っているように見える。どうやら自分の仲間の面倒見はいいようだ。それとも下っ端のスパイは、干されるのは明日は我が身という考え方が浸透しているから、一つのチームに組み込まれると、逆にまとまりがよくなるのだろうか。 

 

昨年、「ラッシュ (Rush)」でニキ・ラウダに扮していたダニエル・ブリュールもギュンターの部下の一人として出演しているのだが、基本登場人物が英語を喋る「誰よりも狙われた男」においては、ドイツが舞台の映画でわざわざドイツ語が母国語のブリュールも英語を喋る。ホフマンやデフォーやマクアダムスやライトが英語を喋っても気にならないし、「ラッシュ」で世界中が舞台のF1で公用語の英語をブリュールがわざわざドイツ語訛りで喋っているのももちろんまったく気にならないが、しかしイッサとCIAエージェントのマーサ以外は当然周りは全員ドイツ人という設定で、ブリュールを含めて全員英語を喋っている。ここは本当ならドイツ諜報部員にはドイツ語を喋ってもらいたいというのが本当のところだ。なんだか、ドイツ諜報部員が英語を喋っている時点で、既に米英におもねっている気がする。それとも実際そうだからしょうがないのか。ホフマンにせよデフォーにせよマクアダムスにせよ、全員英語が母国語の人間だし。 

  

しかしそうすると、イッサは本来ならいったい何語を喋っていたのだろうか。父がドイツの銀行に多額の預金をしてはいても、銀行員なら当然英語は普通に喋るだろうし、チェチェン人とはいえイッサもたぶん、英語なら喋れるような気がする。実際問題として諜報部の人間なら皆英語くらい喋るだろう。要するに、それなのに仲間内でドイツ語で話すべき時でも英語を喋っているから、なにかヘンな気がするのだ。要するに主人公がホフマンであり、世界を市場とした時に英語である必要があるのだろう。しかしこれはスパイ映画なのだ。自国に忠実に、命を捧げていると言っても過言ではない者たちが、同僚と会話する時に、たとえ同盟国でも他国語を使うのは、どうしても解せんと思ってしまうのであった。 











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ハンブルグの港に一人の男が姿を見せる。それは長年の監禁生活から逃れてきたイスラム急進派のチェチェン人イッサ (グレゴリー・ドブリギン) だった。イッサは政治的亡命者の資格を得るべく、伝手を頼って人権団体の弁護士アナベル (レイチェル・マクアダムズ) に接触する。権力者だったイッサの父は権力を濫用して多額の金を銀行に預金しており、銀行支配人のブルー (ウィレム・デフォー) はイッサを助けてくれるはずだという。一方、ギュンター (フィリップ・シーモア・ホフマン) を筆頭とするドイツ諜報部もイッサ上陸の情報をつかんでいた。ギュンターはかつての活動の失敗によって冷や飯を長い間食わされており、将来のためにもこの辺で汚点を挽回しておく必要があった。上司は懐疑的だったが、ギュンターはCIAのマーサ (ロビン・ライト) にも接触、場合によっては強硬手段に訴えてもイッサを泳がして利用しようと画策する‥‥ 


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