8 Mile

8マイル  (2002年11月)

このあいだ「8人の女たち (8 Women)」を見たと思ったら、今度は「8マイル (8 Mile)」である。TVではABCが「8シンプル・ルールス・フォー・デイティング・マイ・ティーンエイジ・ドーター (8 Simple Rules for Dating My Teenage Daughter)」の放送を開始、ヒット番組の仲間入りをしている。8は今年の流行のナンバーであるようだ。因みに「8マイル」とはデトロイト郊外の「8マイル・ロード」の事であり、そのやばそうな雰囲気で知られている。要するにサウス・ブロンクスやイースト・ハーレムのようなところなのだろう。


母 (キム・ベイシンガー) と妹とトレイラー・ハウスに住むラビット (エミネム) は、昼は鉄板工場で働きながら、夜は仲間とつるみ、クラブに出入りしていた。クラブのDJフューチャー (メカイ・ファイファー) はラビットのことを買っていたが、しかし、ラップ・バトルでプレッシャーのかかったラビットは一言も歌えずに舞台を降り、仲間をがっかりさせる。ラビットはアレックス (ブリタニー・マーフィ) と知り合いになり、二人は急速に近づいていく。一方でデモ・テープを作ってデビューするという話が本格化し、ラビットの周りは段々慌ただしくなってくる‥‥


「8マイル」はラップのスーパースター、エミネムの下積み時代を下敷きにした、事実色の強いドラマである。ドキュドラマと言ってしまっていいかもしれない。今ではほとんど西側の世界で知らぬ者のいないスーパースターとなってしまったエミネムが、未来のない世界で貧窮にあがき、脱出を夢見ていた時代 (それもそう遠い昔の話ではない) を描く。


とはいえ、「8マイル」公開に当たって、結構風当たりが強かったのも事実である。なんとなれば、いくらほぼ事実を下敷きにし、実際にエミネムが体験したことを描いていようとも、誰もが知っている通り、今ではエミネムはどこから見ても大金持ちである。たとえ遠くない昔に貧窮に喘いでいたという事実があろうとも、今では彼の住む世界は庶民の住む世界とは違う。その人間が、似たような過去を共有したからとはいえ、今でも貧乏人の振りをして苦しむ振りをしている映画なんて嘘っぱちだという意見をかなり耳にした。


でも、まあ、公開初週の興行成績が5,000万ドルなんて話を聞くと、大概のエミネムのファンはそういう意見など気にせず見に行ったようではあるが。実際、ラップなんてまず聴かない私でも、エミネムだけは別で、ちゃんとCDも2枚持っている。真面目に歌詞を聴くと、共感するというのではなく、逆に心がささくれ立ったり、ちとこれは子供が一緒にいたりしたらいくらなんでも聴けないと思うのだが、それでも彼の音楽だけは、ラップでも別格で面白い。


その上演出がカーティス・ハンソンである。どういう縁でハンソンがエミネム主演映画の演出を任されたのかは知らないが、きっと企画の最初の段階から携わっていたという製作のブライアン・フレイザーがハンソンを推したんだろう。ハンソンがポピュラー音楽に造詣が深いのは、これまでの彼の映画を見てればよくわかる。きっとエミネムだって聴いてたんだろう。


私は現在のクラブ・シーンにはとんと無縁なので、さらに地方都市の、それも若者のみが集まるラップ・オンリーのクラブの内情なんてまったくわからない。現在、HBOで「デフ・ポエトリー (Def Poetry)」なんてラップと詩の朗読を融合させた (ま、元々ラップというのはそういう性質のものだが) 番組がそれなりに人気を集めているのを見て、なんとなくそんなものかと思っていた程度である。それが今、一対一のラップで相手を罵倒するバトルが流行りというのを初めて知って面白かった。


結構そういうバトル自体はTVを見ていると色んなシーンでお目にかかるので、情報としては知っていたのだが、実は現在の若者相手のクラブ・シーンでは、それが主流のようである。そいつは知らなかった。「8マイル」では、冒頭、気後れしてそのバトルで一言も発することができずに不戦敗したエミネムが、最後にまた、負けた相手に勝負を挑むというのがクライマックスとなるのだが、実はそういう話の筋自体は、まったく正攻法というか、簡単に先が読めるくらいのセオリー通りである。ラップ・バトルという今風の展開がなければ、最後まで興味を持続させるのは難しかったかもしれない。


しかし、そのラップ・バトルのシーンは確かに面白かった。壇上の二人が一対一で言葉の暴力プラス音楽性で相手を圧倒し、観客の応援をより多く得た者の勝ちとなる。実際にそういうシーンでアドリブで言葉を音楽に乗せるというのは、確かに才能が必要であろう。「8マイル」では白人のエミネムが黒人の相手をやっつけるために、こいつは実は黒人のくせに私立の学校に行ってたんだぜと相手の痛いところをあげつらうところなんて、思わず爆笑してしまった。貧乏人には貧乏人のコードというか、プライドがあり、やはり学校なんてドロップ・アウトしていて当たり前、金のかかる私立になんて行ってちゃいけないのだ。そうはいってもエミネムの仲間でクラブのDJのフューチャーに扮するメカイ・ファイファーは、現在、TVの「ER」で若い黒人医師として活躍中で、その落差はちょっと苦笑もんだ。医者がそういう場所に入り浸ってちゃ罵倒されまくりだよとチャチャの一つや二つは入れたくなる。


その他の主要な脇は、結構もったいないような使われ方をしている。エミネムの母に扮するキム・ベイシンガーも、新しいガール・フレンドに扮するブリタニー・マーフィも、それほど話の上で大きな重みがあるとは思えない。そのためベイシンガーとマーフィが思わせぶりに登場してきても、わりと唐突な印象を受ける。ベイシンガーのだらしない母という演技はほとんど一線を越えてるし、マーフィは友達以上恋人未満に留まり、彼女の役が特に必要であったとも思えない。


そうそう、マーフィは「サウンド・オブ・サイレンス (Don't Say a Word)」でもほとんど白痴に見えるような演技がよかったが、「8マイル」で彼女が一番いいのは、エミネムと立ちセックスしている時の、やはり白痴のように見える表情である。ついでにいうと、こないだマーフィは深夜トークの「レイト・ショウ」にゲストとして出ていたが、ほとんどホストのデイヴィッド・レターマンと話が噛み合わず、こいつ、ずれていると思わせた。本当にそういうっぽい性質であるようだ。結局これはエミネムの映画であり、エミネムは彼自身の中で完結しており、むしろ彼に対して影響力があったのは母と恋人より、いつもつるんでいる友人らの方だったと思われる。実際、彼の仲間は、皆一癖あって実にいい味出している。ベイシンガーやマーフィよりも、その仲間とのつき合いを描いたバディ・ムーヴィとしての方が印象に残る。


それにしても貧乏な生活とはいえ、それでも彼らはほぼ毎晩クラブに出入りしているし、ぼろっちいとはいえほぼ全員車を持っている。そういうのって、やはり世界の発展途上国から見れば、まだ羨ましい立場にいるんではなかろうか。エミネムは別れたガール・フレンドに車をそのまま与えてやり、ベイシンガーはたかだか数百ドルくらいの毎月のトレイラー・ハウスのレントも払えずに追い出されそうな立場にいるくせに、誕生日プレゼントだといって、ボロい中古だとはいえエミネムに車を与えたりする (この辺の名義の書き換えとかはどうなっているんだろう。きっと気にしてないんだろうが、後でMVD (陸運局) からレジストレーションの通知が来た時に慌てることになると思うんだが)。結局、少なくとも彼らは、まだアメリカン・ドリームという夢を持てる立場にいるのだ。


また、事実を基にしているエピソードが多いとはいっても、やはりそこは映画であり、多少の脚色や事実の歪曲があるのは、ま、しょうがない。しかし映画の中では妹思い、わりと母思いのエミネムが、実生活では、その母から訴えられたことがあるなんて話を聞くと、おいおい、おまえ、映画の中での情の厚い役柄はすべて嘘っぱちかよと思ってしまう。因みに、その実の母、エミネムの歌の中でネガティヴに描写されたために名誉棄損やらなんやらで実の息子相手に1,000万ドルの訴訟を起こしたのだが、結局たかだか2万5,000ドルぽっちで和解したそうだ。こういうみみっちい本当の話を聞くと、なんとなくアメリカン・ドリームの夢が壊れるよなあ。







< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system