7 Days in Entebbe


エンテベ空港の7日間 (セヴン・デイズ・イン・エンテベ)  (2018年3月)

正直に告白してしまうと、映画の題材である1976年に実際に起きた、アラブと西ドイツのテロリストによるエール・フランス機のハイジャック、およびウガンダのエンテベで起きた人質救出作戦 (サンダーボルト作戦) の話を、私は今回映画を見るまで知らなかった。 

  

1976年といえば、私は既に高校生で、どちらかというと学業より部活の方に入れ込んでいる典型的な田舎の高校生で、特に国際情勢に興味を持っているわけではなかったとはいえ、こういう大事件を、見た記憶も聞いた記憶もない。 

  

むろん世界情勢にそれくらいの興味と知識しか持ってなかったのだろうと言われればそれまでだが、それでも1972年のミュンヘン五輪の選手村におけるパレスチナ戦線によるイスラエル選手の殺害事件は、当時まだ小学生であったにもかかわらずまだよく覚えているから、エンテベ事件が記憶にないのは一概に私が世界情勢に疎かっただけではなく、やはり日本ではこの事件はあまり報道されていなかったのだろうと思う。日本人も多く参加したオリンピックと、日本人乗客のいなかったエール・フランス機との違いだ。 

  

一方、世界という視点から見た場合、エンテベ事件がミュンヘン五輪テロに勝るとも劣らない重大事件であったのは言うまでもない。そして画期的だったのは、この種の事件にしては例外的に犠牲者の数が少なかったことが挙げられる。テロリストは全員射殺され、彼らを助けたウガンダ兵士も何十人も犠牲になったが、その時人質となっていた100人以上は、3人を除き全員救助された。 

  

その時、人道的見地から健康を害した人質の一人が病院に収容されていたが、イスラエル軍はそれを知らず救出できなかったため、あとで報復のために殺されたという話もあるが。また、その時イスラエル軍側が出した唯一の死者である作戦の指揮をとったネタニヤフ中佐は、現イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフの実兄だそうだ。とまあ、背景を調べていると色々面白い事実が次々判明する。注目に足る大きな事件だったのだ。 

  

ウガンダでテロリストを援助したのは、極悪非道の名を欲しいままにした時の大統領、イディ・アミンだ。「ラストキング・オブ・スコットランド (The Last King of Scotland)」のクライマックスが、実はエンテベ事件を下敷きにしている。ジェイムズ・マカヴォイ演じる主人公ニコラスはアミンの怒りを買って拷問を受けるのだが、その時にテロリストがハイジャックしたエール・フランス機がエンテベに到着する。またとないパブリシティの機会を得たアミンは、ニコラスを置いてエンテベに向かい、いかにも自分が世界の調停役という風にアピールする。その隙にニコラスは英国に脱出するという展開になっていた。 

 

と、いかにも納得したように書いているが、もちろんエンテベ事件を知らなかった私は、「ラストキング・オブ・スコットランド」を見ている時は、特に思うところがあったわけではない。もう記憶も朧ろだが、ちょっとご都合主義的な展開だと感じたような気がする。これがエンテベ事件を知っていたら、逆にリアリティが増したに違いない。もったいないことをした。 

 

今回主人公格なのは、西ドイツのテロリストに扮するダニエル・ブリュールとロザムンド・パイク。イスラエル-パレスチナ問題とはまるで関係ないドイツの白人でありながら作戦を首謀する。パイクは先頃公開した「ホスタイルズ (Hostiles)」の記憶もまだ新しく、ブリュールもTNTでベストセラー映像化の歴史ミステリー・ドラマ「ジ・エイリアニスト (The Alienist)」に主演中だ。ドイツ人のブリュールより、英国人のパイクの方がドイツ訛りがきつい。それにしても彼らはなんで英語喋ってんだ? 

 

色々な視点から興味深い作品だが、紛糾しているというか毀誉褒貶乱れるというか、どちらかというと端的にくさされているのが、クライマックスのイスラエル軍のターミナル・ビル突入シーンだ。それまでは淡々と盛り上げてきた展開がここで一気に暴発する、というか、なぜだかシアターのダンス・パフォーマンスと交互に切り替わるモンタージュになる。 

 

正直言って、なんで? と私も思った。映画のオープニング自体がこのダンス・パフォーマンスで幕開けし、非常に面白い惹きつけるダンスであるのは確かだ。ダンサーの主役級の女性が作戦に参加したイスラエル軍人のガールフレンドでもあるというコネクションもあるが、そのダンスが実際の戦闘シーンに関係があるかという結びつきは、牽強付会過ぎるという印象は拭えない。命を賭けた戦いと都会の劇場での文化的なパフォーマンスでは、肌触りが違い過ぎる。両者の交互の描写によって効果を高めるというよりも、逆に気持ちが乖離する。逆効果に感じる者の方が多いだろう。ある意味非常に記憶に残るのは確かではあるが。 











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1976年6月、パレスチナとドイツ人のグループが、248人の乗客を乗せたテル・アヴィヴ発パリ行きのエール・フランス139便を、経由地のアテネでハイジャックする。彼らはイスラエルに対し、多くがイスラエルで囚われている同志の解放と、500万ドルの身代金を要求する。139便はリビアで一部の乗客の解放と給油を行った後、ウガンダのエンテベ空港に向かい、そこでアミン大統領の庇護の元、139便の乗客と搭乗員を降ろし、朽ちたターミナル・ビルの中に押し込める。ハイジャック犯とイスラエルの交渉はうまくいかず、イスラエルは決断を迫られる‥‥ 


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