45 Years


さざなみ  (2016年1月)

マーティン・ルーサー・キングJr.の誕生日の休日が重なる3連休に風邪気味で体調がすぐれず、翌週末は土曜未明から降り出した史上2番目という大雪のために、土曜は家から一歩も外に出ることができない。日曜も道が雪で埋もれて交通が完全に麻痺してしまいクルマが出せず、今度こそと思っていたクエンティン・タランティーノの「ヘイトフル・エイト (The Hateful Eight)」を見ることが叶わない。


ここまで見るチャンスがないのは、これはもう見るなという天のお告げだなと解釈し、ここは潔く「ヘイトフル・エイト」は諦める。しかし旅行中というわけでもないのに2週間以上映画館に行かないと、なんか普段やるべきことをやってないという感じで調子が出ない。そこで平日にもかかわらず、今、なんか見れる面白そうなのないか、というわけで、主演のシャーロット・ランプリングがオスカーにノミネートされている「さざなみ」を見に行く。


ところでこの映画、ランプリングがオスカーにノミネートされているということ以外、本当にまったく内容を知らなかった。予告編も一度も見たことがない。それで、映画が始まって冒頭、朝ぼらけの中を犬の散歩から帰ってきたケイト (ランプリング) が知人と会話し、夫のジェフと会話を始めたのを聞いて、あれっと思ってしまった。


ランプリングは完璧なバイリンガルで、英語もフランス語も流暢に操る。その上、ランプリングは近年 (というほど近年でもないが)、フランソワ・オゾン作品を筆頭とするフランス映画の印象が強かったので、冒頭の靄のかかった田園風景っぽい背景を見て、フランス内陸部が舞台と思ったのだ。それがランプリングを含め、登場人物は全員英語を喋っている。これって実は英国映画か?


しかしフランス映画でもたまに最初から世界公開を意識している場合、登場人物が英語を喋ることもないではない。まだ英国映画と断じるには早過ぎる。しかしクルマは左側通行で、ナンバーも英国っぽい。フランスはクルマはどっち側走るんだっけ? 10年くらい前にパリに行っているのに、クルマがどっち側走っていたか覚えていない、というか、そんなのに注意を払っていない。自分が運転する機会がないとそんなの気にしない。


しょうがないので一番最近見たフランス映画の「彼は秘密の女ともだち (The New Girlfriend (Une Nouvelle Amie))」(これもオゾン映画だ) を思い出して、交通事故のシーンではクルマはどっち側走ってたっけと思い出してみようとするが、うまく思い出せない。一通の道だったような気がする。こりゃダメだ。結局これが英国だと確信が持てたのは、ジェフが働いていたかつての工場にユニオンジャックが掲げられていたからだ。ここまでで1時間近くかかっている。話に集中しないでかなり時間を浪費した。


それにしても映画におけるケイトの状況は、かなり悲惨と言える。これまで幸せな家庭を築いてきたと思える夫との45年間が、実は砂上の楼閣に過ぎなかったことを知る。夫は自分を愛してはいなかった。むろん夫は夫なりにケイトのことを大事にし、愛してきたつもりだが、端々に今の自分よりも過去の恋人を大事に思っている節が窺える。夫を問い質してもなんでもないと言うし、相手は既にこの世にいない。勝ち目のない戦いだ。


特に夫自身が悪気がないというか、最近のことは忘れっぽくなっている。歳とったものの常として、今のことより過去の記憶の方がより強く鮮明に存在する。感情の起伏の差が激しく、ちょっとしたことですぐ怒る。既に夫と冷静に話し合うことなどできなくなっている。夫は自分を愛していると言うが、行動はそれを証明していない。というか、夫の行動が示すものは自分への裏切りでしかない。


ランプリングは、これでオスカーにノミネートされているのだから当然できはよく、幸せだったはずの家庭の主婦が、その基盤が崩壊していくことに気づいて、彼女自身静かに瓦解して行こうとする様を演じて貫禄。今年のオスカーにノミネートされている「ルーム (Room)」のブリー・ラーソンとかは、もちろん頑張ってはいるのだが、ああいう極限の状態に置かれる女性を身体を張って演じるのは、実はそれほど難しくはなさそうに思う。一方「さざなみ」のラストの、45年間の思いと絶望を一瞬の表情で見せるランプリングの方がすごいと思うのだった。彼女とメリル・ストリープが共演するのを見たい。


細部は異なるが、オゾンの「まぼろし (Under the Sand)」は、ランプリングが、幸せと本人は思っている家庭の主婦から、やはり転落、というかその世界が瓦解していく様を描いた作品だった。実はこれはもう15年も前の作品だ。ランプリングは一時、色気ある中年女優を代表するみたいな印象があり、実際50代中盤くらいまでヌードやベッド・シーンもこなしていたが、さすがに2006年の「南へ向かう女たち (Heading South)」から以降脱いだシーンは見られず、それは今回も例外ではない。ではあるが、ちゃんとベッド・シーンはある。ランプリングには死ぬまで現役の女性でいてもらいたい。


また、ランプリングにばかりスポットライトが当たっている嫌いがあるが、ジェフに扮するトム・コートネイもかなりいい。歳とって微妙に記憶力が減退し、怒りっぽくなる男を、いかにもという感じで演じている。あるいは自然体でいただけとか? 先頃見た「ユース (Youth)」のマイケル・ケインとか、昨年の「Mr. ホームズ (Mr. Holmes)」のイアン・マッケランとか、あるいは「クリード (Creed)」のシルヴェスタ・スタローンとかを見ると、オレも人様に恥じないように歳をとらんとな、という気にさせる。


ところでオスカーといえば、今回は主演助演にノミネートされた俳優が全員白人で、黒人が一人もいなかったということで物議を醸した。近年、特に白人警官による黒人殺害事件が多くて、ところによっては暴動が起きるほど人種間の軋轢が問題になっているのだが、そのとばっちりがここにも来たかという感じだ。これに対し、ランプリングは、もしかしたら黒人俳優は実際そんなによくなかったかもしれない。白人とか黒人とかを区別することこそ問題、と一刀両断に切って捨てた。


これには快哉を送る。たぶんこれがアメリカ人白人俳優なら、本心では思っていても決して口にはできないと思うが、正直言うと、私もそう思ってた。「ストレイト・アウタ・コンプトン (Straight Outta Compton)」とか、「コンカッション (Concussion)」とか、「ビースツ・オブ・ノー・ネイション (Beasts of No Nation)」みたいな黒人が主人公の映画を見ていないので断言はできないが、「クリード」のマイケル・B・ジョーダンはそこまで強くないと思っていた。単純に昨年、今年と、黒人俳優の出ている作品が弱かっただけだと私も思う。実際の話、「それでも夜は明ける (12 Years a Slave)」みたいな強力な作品が現れると、ちゃんと作品も俳優も受賞して評価されている。差別っていうが、現在のアカデミー協会のトップは黒人女性だ。それを今後黒人会員の数を2倍に増やすなんてのが、逆に差別だと思う。


とはいえ、他の一般社会に目を転じると、確かに黒人が差別されていると思わざるを得ない点があるのも事実ではある。だからこそ少なくとも白人のアメリカ人俳優はこの点に関しては口を閉ざしている。が、恵まれた環境にいるはずのウィル・スミスとかがアカデミー賞ボイコットなどと言い出すと、正直がっかりする。いずれにしても、幸か不幸か今年のアカデミー賞のホストは黒人コメディアンのクリス・ロックだ。アカデミー賞が近年になく楽しみだ。











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ジェフ (トム・コートネイ) とケイト (シャーロット・ランプリング) は結婚して45年になり、ちょっと慣例的ではないが、ここで結婚45周年記念パーティを開こうと計画していた。ケイトはともかく、ジェフはアルツハイマーとか惚けとは言わないまでも、最近物忘れがひどくなりつつあった。そんな時にジェフ宛てにスイスからメイルが届く。それには約50年前に、スイスの氷河で事故で亡くなったジェフの当時の恋人のカッチャが、当時の姿のまま氷河の中から発見されたというものだった。過去の記憶が一時に甦ったジェフは、普段は足を踏み入れることもない屋根裏部屋で、夜中に一人カッチャの写真を探し求めたり、スライドを見たりして過ごす。実はジェフとケイトの二人の写真はほとんどないのに、ジェフはカッチャのスライドは多数保管していた。ケイトはこの45年間、実は自分はまったく愛されていなかったのではないかという思いにとらわれる‥‥


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