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ラスベガスをぶっつぶせ  (2008年4月)

マサチューセッツ工科大学 (MIT) に通うベン (ジム・スタージェス) はハーヴァード医大への進路変更を考えていたが、母子家庭に育ったベンにとって授業料は到底手の届くものではなかった。そんな時に教授のミッキー (ケヴィン・スペイシー) はジムの数学の才能を見抜き、彼独自のサークルに誘う。それはカード・ゲームのブラックジャックで必勝法を身につけ、ラスヴェガスで大儲けしようという裏サークルだった。ベンを筆頭に、ジル (ケイト・ボスワース)、チョイ (アーロン・ヨー)、キアナ (ライザ・ラピラ)、ジミー (ジェイコブ・ピッツ) の面々は必勝を期してヴェガスに乗り込むが‥‥


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ホウ・シャオシェンの「レッド・バルーン (The Flight of the Red Balloon)」とウォン・カーウァイの「マイ・ブルーベリー・ナイツ (My Blueberry Nights)」というアジアを代表する二人の映画作家による新作が同時に公開されているのだが、やはりというか当然というか、マンハッタンでしか上映していない。シャオシェン作品は前回の「百年恋歌 (Three Times)」の時も単館上映だったのでたぶん今回もダメだろうなと半ば覚悟はしていたのだが、カーウァイの場合は「2046」がクイーンズまで来たので今回も期待していたのだが。興行的にやはり失敗だったせいだろうか。まだチャンスはあるのだろうか。


私の住むクイーンズにはフラッシングというマンハッタンのチャイナタウンに次いで大きなチャイニーズ・タウンがある。そこでなら公開してもペイするんじゃないか、あるいは、昨年アン・リーの「ラスト、コーション」がラッキーにもうちの近くの劇場で公開した時には、クイーンズ中の映画好きチャイニーズが押しかけてきてんじゃないかと思うくらい周りを中国語が飛び交っていた。そういう風にはなってくれないのか。


などと考えながら、いずれにしても今週は両作品を見るチャンスはなさそうだと、気をとり直して、ではと「ラスベガスをぶっつぶせ」を見に行くことにする。実は正直に言うと、私はこの作品にはほとんど惹かれていなかった。ジム・スタージェスという若手の有望株やケヴィン・スペイシーという気になる俳優が出ていることは知っていたが、しかしそれよりも私は実話を元にしたという、このオリジナルの事件の顛末を結構よく知っており、そのため、ほとんど知っている話をまた映画として見ようという気にあまりなれなかったのだ。


この話はアメリカではかなり有名で、事件の一部始終を記したノン・フィクション「Bringing Down the House (邦題: ラスベガスをぶっつぶせ)」は発売当時ベストセラーになった。また、私は仕事柄アメリカで放送されているTV番組にはよく目を通すのだが、ケーブル・チャンネルのゲーム・ショウ・ネットワーク (GSN) が製作したドキュメンタリー「エニシング・フォー・マネー (Anything for Money)」はこの話を扱っていたし、確かディスカバリー・チャンネルもこの題材で番組を作っていた。ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルでも見たような気がする。要するに、とにかくよく知られている話なのだ。


私はこういう実際にあった面白い話というのは、人がその話をまだよく覚えている時に製作しても、オリジナルの面白さを超えるのは難しいと思っている。それよりかは話自体を事実として再構成するドキュメンタリーとしての方が、まだ興味深いものができると思う。「ラスベガスをぶっつぶせ」の場合はそもそもの事件が起こったのは1993年のことであり、充分時間が経っていると言えないこともないが、本がベストセラーになったのは2002年で、そのことを考えると、事件自体の記憶はまだ古びていない。だからこそドキュメンタリーが連続して何本も作られたとも言える。


世の中にはそういう、最近の面白い話だからこそドキュドラマとして俳優が演じる作品を見たいと考える者がいるのもわからないではなく、だからこそこの企画が実現したのだろうが、しかし私は惹かれなかった。シャオシェン、カーウァイ作品だけでなく、他になにか興味惹かれる作品があったら見ないまま終わったと思うが、しかしこれもなにかの巡り合わせだろうと劇場に足を運ぶ。


いずれにしてもそういうわけで、たぶんこれは見ないだろうと事前に特に注意を払っていたわけではなかったので、出演者はスタージェスとスペイシー以外知らなかった。そしたら、ケイト・ボスワースが出ている。予告編では一瞬、しかもなんか、らしくないメイクというか変装をしたボスワースが一瞬映るだけで、ポスターを見ても気がつかなかったが、またまたスペイシーとボスワースだ。なんか最近、二人は出る作品のすべてで共演していないか。「ビヨンド the シー」では夫婦だった二人が、「スーパーマン・リターンズ」ではたぶんスペイシーの歪んだ愛憎相半ばする感情のためにボスワースを痛めつけ、そして今回もやはりボスワースに含むところあったのではと思わせる。実はスペイシーがヴェガスに固執したのは金のためだけではなく、ボスワースを手元に引き止めておきたかったからではないかと邪推させる。


さて、「ラスベガスをぶっつぶせ」は、ヴェガス、ブラックジャックというギャンブルをメイン・プロットとした作品であるが、ヴェガスを舞台としたほとんどの作品がそうであるように、描いていることは別にある。だいたい、映画ではギャンブルというのはギャンブルとしてよりもなにかの比喩として使われる場合が多く、実際にそういう使われ方をしている時の方が印象に残ったりする。私が近年観た映画でギャンブルの場を描いて最も印象に残っているのは、シャオシェンの「百年恋歌」の第1話のビリヤードのシーンと、リーの「ラスト、コーション」の冒頭の麻雀のシーンで、2本ともギャンブルの場であり、それをクロース・アップで見せながらまったく別のことを意味しているという職人芸を見せる。2本とも台湾の大御所の作品であることはなにかの偶然か。


一方、意外とギャンブルを単純にギャンブルとして提出して楽しませる作品というのは存外ない。近年でギャンブル自体の描写で突出しているのは、「カジノ・ロワイヤル」のポーカーのシーンが断トツだろう。あとはだいたい、ギャンブル、ヴェガスというのは背景として使用されるだけで、ギャンブルそのものの魅力や魔力、醍醐味を描いているわけではない。「オーシャン」シリーズは男のドラマであって、ギャンブルを主題としているわけではまったくないのだ。ギャンブルというのは、たとえそれに熱中している者の心の中では嵐が吹き荒れていようとも、基本的にそういう気持ちや表情は外には出さず、一見してポーカー・フェイスでいることが要求される。ゲーム自体は派手なアクションとは無縁だったりするため、実は思ったほど視覚媒体向けの題材ではない。アクションはむしろギャンブルの場にいる第三者の反応にこそあったりする。


「ラスベガスをぶっつぶせ」でも、ギャンブルを描くシーンは多い。登場人物がいかにヴェガスで金を儲けていくかが重要な話の一部だからそれは当然だ。しかしそれでも、ブラックジャックというギャンブルの面白さ、必勝法、恐ろしさを描いているのかといえば、必ずしもそうとは言えない。映画のギャンブルのシーンで最も印象に残るのは、登場人物たちがいかさまを使えないという場でいかに秘密のサインで状況を知らせ合って共闘するかという部分であって、ベンが数字に強い頭を使ってディーラーに勝ち続けるというのは、面白くないわけではないが、それはギャンブルのいかさまというよりも、確率に則った計算、つまり数学を解く面白さであって、本当に丁か半か的なギャンブルのエキサイトメントという感じはあまりしない。ここでも、そして作品の本当の狙いとしても、主題はやはり友情や若者の成長物語なのだ。


そしてそういう視点で見ると、「ラスベガスをぶっつぶせ」は物語としてよくできている。ベンが一緒にヴェガスに挑むチーム仲間だけでなく、MITにおける昔からのオタク仲間の絡ませ方も常套的とはいえツボを押さえているし、スペイシー演じる数学教授のミッキーも、事実を誇張した味付けで明らかに新たに付け足したオチまでついており、この辺はいかにもハリウッド・ストーリーとして楽しめる。ベンを演じるスタージェスは、育ちがよくて母親思いだが、魔が差してヴェガスの誘惑に溺れるといった役どころが無理なくはまって好演しており、将来が楽しみ。ところでスタージェス演じるベンは、現実にはアジア系の人間だ。スタージェスがABCの「ジミー・キメル・ライヴ」に映画の宣伝のためにゲスト出演した時にその人物とツー・ショットした写真を見せていたのだが、頭でっかち切れ長の目の、いかにもアジア人然とした本物よりも、当然ながらスタージェスの方が何倍もいい男だった。本物はあの顔じゃあなあ、ボスワースみたいな女性と恋仲になるなんて到底考えられん。


そのボスワースを筆頭に、チームを組むアーロン・ヨー、ライザ・ラピラも悪くないが、私は特にベンが仲間に入ったために弾き出されてひねくれるジミーを演じるジェイコブ・ピッツが印象に残った。ラピラは、どこかで見たことがあるがどこで見たかは思い出せないと思っていたら、映画を見た数日後にTVでNBCの「ロウ&オーダー: SVU」を見ていたら、そこにいきなり女性鑑識官という役どころでそのラピラが出てきた。こんなところにいたのか。演出はロバート・ルケティックは、これまで「キューティ・ブロンド (Legally Blonde)」等のラヴ・コメ系を撮ってきた監督。ツボの押さえ方はラヴ・コメで鍛えたのだろう。







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