12 Years a Slave


それでも夜は明ける (トウェルヴ・イヤーズ・ア・スレイヴ)  (2013年11月)

これ、実話なんだそうだ。19世紀中盤、南部ではまだ奴隷制が普通に行われていたとはいえ、北部ではごく普通に生き、ごく普通に生活していた黒人の一市民が何者かによって拉致され、奴隷として売られる。そこには人間の尊厳もへったくれもない。「トウェルヴ・イヤーズ・ア・スレイヴ」は、そうやって売り飛ばされ、12年間を奴隷として畜生のようにこき使われながら苦渋の時を生き延び、そして妻と子の元に生還したソロモン・ノーサップの自伝の映像化だ。


当時、アメリカの北と南ではものの考え方、特に奴隷に対する考え方に天と地の開きがあった。南部のプランテーションでは、多くの人手を必要としていた。まだまだ工業化のできない綿摘みやトウモロコシの刈り入れ等は、収穫期には人海戦術で作業を終えなければならない。人手は多ければ多いほどいい。その時、報酬を払う必要のない奴隷の方が、正規の労働者より雇用者にとって都合がいいのはもちろんだ。南部が奴隷解放を標榜する北部と対立したのは、当然と言えよう。


こういう状況下において、常態化していたがために特に強調されないが、黒人を奴隷として拉致する話は実はかなり頻繁にあったようだ。南部では黒人は既に奴隷だから、北部の普通に生活している黒人を罠にかけるかして拉致する。ソロモンも何人もそのような状況の奴隷と出会う。ソロモンの場合は妻と子の元に帰るという執念にも似た思いと、それを可能にした知性、そして体力があったから、最終的に生き延びて自分の家に帰って妻子と再会できた。しかしソロモンほど教育を受けておらず、体力的にも劣った者は、そこから脱出できない。


アメリカでは、南部の者はホスピタリティに溢れて愛情深いというのが定説だ。訪れた者は手厚く歓待される。この時、歓待される者の中に黒人が含まれていないのは言うまでもない。黒人はあくまでも奴隷であり、人として認識されていなかった。だからさらってきて強制的に働かせるということができる。拉致する側の人間にとっては、犯罪という認識はなかったろう。


しかしこう言ってはなんだが、そういう世界を事実として描いても、「12イヤーズ・ア・スレイヴ」はエンタテインメントとしても滅法面白い。囚われの身になって脱出の機会を窺うソロモンの境遇は、ほとんど「モンテ・クリスト伯 (The Count of Monte Cristo)」のそれと変わらない。果たして彼は脱出できるのか、もしそれが可能になった暁には復讐に手を染めるのか。人種差別ではなく、単純にエンタテインメントとしても楽しめてしまう。とはいっても、同じく黒人奴隷が主人公でも、クエンティン・タランティーノの「ジャンゴ 繋がれざる者 (Django Unchained)」と「12イヤーズ・ア・スレイヴ」は別ものであるのはもちろんだが。


主人公のソロモンに扮するキウェテル・イジョホーはほぼ絶賛されている。もちろん異存はないが、実は周りを固めている者たちに、今年他の場所で見て印象に残っているのが何人もいる。ソロモンの温情的な最初の主人フォードに扮するのが、「スター・トレック  イントゥ・ダークネス (Star Trek Into Darkness)」のベネディクト・カンバーバッチ、その下で働く人種差別主義者は「プリズナーズ (Prisoners)」のポール・ダノで、さらに先週リドリー・スコットの「悪の法則 (The Counselor)」で共演したマイケル・ファスベンダーとブラッド・ピットが、二人ともまたまたここにも出ている。


「悪の法則」でファスベンダーが演じたのは、悪運を転がり落ちていく主人公、その主人公にアドヴァイスする裏の世界の仲買人にピットという布陣だったが、「12イヤーズ・ア・スレイヴ」では、ファスベンダーは破滅的な白人の奴隷主、ピットはカナダから出稼ぎに来ている建築家という役どころだ。ピットはここでは表立ってファスベンダーに意見するという立場にはないが、それでも両方で破滅的なファスベンダーの後見人的な感じがしてなにやらおかしい。ヴェテランが売り出し中の演技派を補佐しているみたいな感じがする。


白人のプランテーション主に扮する二人、カンバーバッチとファスベンダーは、性格がまるで違う。温情派のカンバーバッチ、自滅型のファスベンダーで、一見するとカンバーバッチの下で仕えている方が楽に見えるが、他の諸々の要素が関係してくると、一概にそうも言えなくなる。主人から目をかけられると、贔屓されていると見られるのだ。そのため仲間内では村八分になり、他の白人からは迫害されるという状況に陥りやすい。実際ソロモンはそのためにリンチを受け、ほとんど死にかける。


この項を書き始めた昨日、ネルソン・マンデラが死んだ。27年間も独房に閉じ込められ、せいぜい数m四方が世界のすべてだったという時代を生き延びた。拉致されて晴天の霹靂で奴隷になったソロモンと、自分の身に危機が及ぶ可能性を常に考えていただろうマンデラとは一概には比較できないし、ソロモンのように肉体的に過酷な環境というのとも違うが、それでも外の世界から隔絶された世界は、ソロモンよりもきつい部分があったに違いないと想像する。それなのにマンデラの享年は95歳で、ほぼ一世紀を生きた。ソロモンといいマンデラといい、たぶん生き延びる秘訣は諦めないこと、生きるという明確な意志を持っていることなんだと思う。しかしそこで心が折れずにいられるのは、やはり並み大抵の意志力ではあるまい。凡人の私には無理だなと思うのであった。










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1841年ニューヨーク州北部。ソロモン・ノーサップ (キウェテル・イジョホー) は黒人であったが、リベラルなニューヨークでは一市民のヴァイオリン奏者として妻と二人の娘に囲まれ、満ち足りた生活を送っていた。そのソロモンに、全米の巡業という新しい仕事の話が持ち込まれる。ある夜、旅先でこれからを祝って痛飲したソロモンが目覚めると、まるでどこかわからない牢屋のような場所に閉じ込められていた。ソロモンはプラットと名付けられ、奴隷商人のフリーマン (ポール・ジアマッティ) の手によって奴隷として売られる。自分は奴隷ではなく、北部で一市民として生きていると主張しても、南部では誰も耳を貸さなかった。ソロモンを買ったフォード (ベネディクト・カンバーバッチ) は教育を受け、知性を感じさせるソロモンをわりと目をかけたが、それはしかし他の奴隷の嫉妬を買い、フォードの下で働くティビーツ (ポール・ダノ) を苛立たせるだけだった‥‥


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