Spectre


007 スペクター  (2015年12月)

まったくたまたまではあるが、「スペクター」を見るのと相前後して、ミハイル・カラトーゾフの「怒りのキューバ (Soy Cuba/I Am Cuba)」の有名な葬送パレードのシーンをYouTubeで見た。実はこの映画について事前にはまったく知らず、先週、「シークレット・イン・ゼア・アイズ (Secret in Their Eyes)」について書いていて、思い出したオリジナルの「瞳の奥の秘密 (The Secret in Their Eyes)」のサッカー・スタジアムのシーンをまたもう一度見たくなって、見れないかなとYouTubeを探してたら、同様に1シーン1ショットの傑作と誰かが紹介していたので、ついでに見てみたのだ。


そしたらそれが確かにぶっ飛びもので、CGのない時代にこのモブ・シーンか、これ全員本当に生身の人間のエキストラだろう、こんなの社会主義国が国を挙げて後ろ盾しないと撮れんわと思わせた。


と、「怒りのキューバ」に感心していた矢先に見たのが、「スペクター」だ。こちらは舞台はキューバではなくメキシコだが、冒頭、なんだか似たような死に関する祝祭のパレードから、1シーン1ショットの長回しが始まる。その上、アパートの外の非常階段を舐めるようにクレーン・アップしていくというショットが、両方共にある。「スペクター」は、007が狙撃のために銃を構えるという、ずっと祝祭が続く「キューバ」とは異なる印象で長回しを終えるのだが、それでも、作り手が「キューバ」を意識しているのは間違いないと思われる。


ただし、近年の撮影技術の進歩は目覚ましく、今回の「スペクター」における1シーン1ショットは、私は特に気づかなかったが、たぶんCGの助けを借りているだろう。「瞳の奥の秘密」ですら実はカットが挟まっていたということを今回確認したのだが、それだってやはり、劇場で見ている時には気づかなかった。


ところでダニエル・クレイグがジェイムズ・ボンドに扮する007シリーズも、今回で4作目だ。これまで何人かの俳優が演じてきた余裕綽々とした態度のボンドから脱却し、人間的な弱さも併せ持つ新ボンド像を造型して人気を再燃させた。特に最初の「カジノ・ロワイヤル (Casino Royale)」では、拷問受けたり恋人に死なれたり臨死でほとんどあっちの世界に一足突っ込んだりと、散々な目に遭った。 「スカイフォール (Skyfall)」では不摂生している間に身体が鈍ってしまって、エージェントの試験にパスできなかった。


ところが今回の「スペクター」では、これまで対決してきた相手の総元締めと言えるオーベルハウザーを相手にしているのに、あまり苦労しない。もっとも、立場的にはほとんど身分棚上げ状態なのだが、それでもこれまでのように身体的にきつい状態にはほとんどならない。スペクターの本拠地に乗り込んで無傷で逃れられるなんて、「カジノ・ロワイヤル」からは到底想像もできない。


冒頭のメキシコ・アクションも、確かに見ている時はすげえと思って手に汗握っているのだが、しかし家が崩れてヘリコプタが落ちて、なんでお前だけが無傷のままなんだと後から思ってしまう。ここへ来て、また無敵でキザなジェイムズ・ボンド像に逆戻りか? 前回に続いてサム・メンデスが演出しているのに?


一方で、Qはいても常軌を逸した新秘密兵器というのが登場するわけではなく、時計を渡されたボンドが、Qにこれは? と訊くと、時間を教えてくれる、なんて楽屋落ちみたいなやりとりもある。


トム・クルーズがイーサン・ハントに扮する「ミッション・インポッシブル (Mission Impossible)」シリーズでは、ハントは「カジノ・ロワイヤル」のボンドのように敵の手に落ちて拷問受けたり、過酷なミッションのために一瞬心臓が止まったりする。どっちかっつうとこちらの方が、新007シリーズが目指した道という気がしないでもない。


今シリーズのボンドは、「カジノ・ロワイヤル」で最愛のヴェスパを失い、今回新しくマドレーヌと出会う。「スカイフォール」では絶大の信頼を寄せていたM (ジュディ・デンチ) を失い、新M (レイフ・ファインズ) はボンドをあまり信用していない。ここら辺で先祖返りというか、一度人間的な弱さを露呈させた007に、またかつての強さを取り戻させようとしたのかもしれない。それが吉と出るか凶と出るかは、今後の展開次第だ。いずれにしても要は、バランスの問題だ。しかし、クレイグのボンドはやはりこれで打ち止めなのだろうか。









< previous                                      HOME

メキシコの「死者の日」の祝祭の日、ジェイムズ・ボンド (ダニエル・クレイグ) は標的スキアラを追い詰めて葬ることに成功するが、しかし同時に市内に壊滅的打撃をもたらす。M (レイフ・ファインズ) はボンドの権限を取り上げ、活動を停止させる。しかし前M (ジュディ・デンチ) の弔い合戦の意味もあり、ボンドはQ (ベン・ウィショー) とマネーペニー (ナオミ・ハリス) を味方に引き入れ、協力させる。ボンドはローマでスキアラの妻ルチア (モニカ・ベルッチ) に会い、スキアラに仕事を命令していたスペクターという謎の組織のことを聞き出し、その秘密の会合に潜入する。その首領オーベルハウザー (クリストフ・ヴァルツ) は、世界の征服を企んでいた。なんとか捕らえられずに会合を脱出したボンドは、アルプスで仇敵のホワイト (イェスパー・クリステンセン) と会う。ホワイトは身体を蝕まれて余命幾ばくもなく、ボンドは娘のマドレーヌ (レア・セドゥ) を守ることを約束してスペクターのことを聞き出す。しかしマドレーヌはボンドに守られることを嫌がった‥‥


___________________________________________________________

 
inserted by FC2 system